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2007.02.06

東海道行脚:日本橋~(東神奈川)

第1回 2000.06.04 日本橋~(東神奈川)

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 東海道の起点は日本橋。ご立派な石造りのアーチ橋ですが、その上に高速道路が覆い被さって景観台無し云々の話は陳腐に過ぎるので全部省略。

 日本橋の傍らに立つのは国道の起点を示す「道路元標」。現在では道路元標には特段の法的意味はないようで、道路の起終点も道路元標と無関係に定められているとのことです。町村役場の前か、市町村を通る主要な道路同士の交叉点に設置されることの多かった道路元標を旧東京市が日本橋に設置したのは江戸の伝統を継いたものに他なりません。

 国道1号の他、4・6・14・15・17・20号が日本橋を起点としています。

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 銀座・新橋を抜けて田町へ。箱根駅伝だとあっという間に駆け抜けて行きそうな距離でしかありませんが、歩くと結構な距離。

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 ようやく山手線の中から抜け出て品川宿へ。品川宿はJRの品川駅ではなく、八つ山橋を越えてさらにその南、京急・北品川駅あたりにありました。同じ江戸の入り口にあたる宿場でも、甲州街道の内藤新宿はもとより、水戸街道の千住や中仙道の板橋と比べても、品川はどことなく宿場町らしさが残っているような感じがします。

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 鈴ケ森あたりからは第一京浜を一路南下。街道歩きで辛いのは往々にして交通量の多い一級国道を歩く羽目になること。

 あまり面白みの無いところを延々と歩いて、ようやく六郷橋に辿り着きます。

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 川崎からは旧道へ。川崎宿にはこれといった見所は無く、そのまま横浜市内でなだれ込みます。幕末史における重大事件の一つである「生麦事件」の現場を通過。「麦」の字が災いしてか、昔はてっきりクソ田舎だと思っていたのですが、横浜の下町っていう感じの佇まいです。

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 地元の祭礼に遭遇。旧東海道沿いの街々は今は寂れていても昔ながらのコミュニティーが生きているところが少なくなく、結構こういう場面に出くわしました。でもこんな風景って横浜とは思えないものがあります。

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 生麦を過ぎるとほどなく神奈川宿。有名な安藤広重の「東海道五十三次」のみならず、東海道を描いた絵図がたくさん残っているため、旧宿場町では随所にこうした記念碑・観光ガイドが見られます。

 いったんここで旅を中断してJR東神奈川駅から浦和へ。

 初めての札幌との対戦。不用意にもFKから失点を喫し、そのまままんまと逃げ切られたあの苦い記憶が今も脳裏に焼きついています。

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