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2007.03.31

富岡製糸場

 明治期の官営工場として極めて有名な富岡製糸場が「世界遺産」登録へ向けて活発に運動しているとの話を聞きつけて、早速現地へ行ってみました。

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 上信電鉄上州富岡駅から10分ほどで富岡製糸場到着。

 今のところ見学は無料。

 工場がほぼそのまま現存しているにもかかわらず、観光客向けに工場が開放されたのはごく最近で、05年に片倉製糸から富岡市が施設を譲り受けてからのこと。またそもそもこういう産業遺産に関心が集まりだしたのが1990年代に入ってからのことで、富岡製糸場が国の史跡となったは2005年、重要文化財に指定されたのは2006年とつい最近です。

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 入り口正面に見える東繭倉庫。富岡製糸場の多くは外観を見学できるだけで、内部に入れるのは繰糸場と東繭倉庫の一部くらいです。東繭倉庫内では富岡製糸場を解説した短時間のビデオが流れているので、それで予備知識をしこんでから場内を回るのが良いかも。

 富岡製糸場はレンガ造りに見えますが、実は木で骨組みを作り、その間にレンガを積む「木骨レンガ造り」という和洋折衷形式を採っています。建材はあらかた周辺から集め、レンガも地元の瓦職人が焼き上げたそうです。

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 工場内に残る大煙突。

  当初導入された機器類の動力は蒸気機関。それゆえ富岡に大規模製糸工場が建てられた理由の一つに近くの高崎で石炭が採れたことが挙げられていましたが、この辺りで石炭が採れたとは知りませんでした。もっとも石炭といっても低質の亜炭だったようですが。

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 繰糸場内。場内に柱がないので、当時の日本の職人さんは倒壊を恐れてびびりまくったとか。

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 富岡製糸場の最後の所有者は片倉工業。さいたま市の方なら「コクーン」の運営会社として名が知られていると思いますが、元々は絹糸で財閥を築き上げた老舗。今は蚕糸事業から撤退し、本業が何なのかよくわからない会社になってしまいましたが、片倉はなんと1987年まで富岡工場を使っていたとのこと。戦後絹糸事業は海外との激しい競争に晒され、経営が苦しい時もあったかと思いますが、よくぞ工場を更地・売却しなかったものだと思います。

 富岡製糸場ではほぼ1時間に1回、ガイドが施設内を案内してくれます。ガイドは地元のボランティアなんでしょうか。熱心に語っていただけるのはあり難いにしても、30人ほどの団体に対する話し方に慣れていない様子。目の前の10人くらいに向けて話している感じで、後方の見学者は要領を得ずに手持ち無沙汰。また見学者は地元の方が多いようで解説中に地元の地名が次々に出てくるのには参りました。

 今のところ観光施設として必要な工場施設・機器類のパネル案内・解説の類が充実しているとは言いがたいのが実情なので、ガイド付きのコースに付いてゆくことをお勧めします。

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 富岡市街のあちこちで見かける幟。富岡製糸場を「世界遺産」に格上げし、観光の目玉として地域振興を図ろうとする意気込みは十二分に感じられますが、「赤レンガ」といっても銀座じゃないんですから、洋装の紳士淑女とは何の関係もないような・・・

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