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2007.07.27

龍野を歩く

因幡街道を行く(3)より続く

一夜明けて今度は姫路の西、「播磨の小京都」として知られる(っちゅーのはかなり無理があると思いますが)龍野へ出かけてみました。

 先日の因幡街道もそうですが、中国地方、しかもその中でもマイナーな観光地って首都圏ではほとんど紹介されることはなく、ましてや訪れたことのある方なんてほとんどいないでしょうから、弊ブログが何かの参考になれば幸いです。

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姫路 8:28 (1827D キハ47-1026) 8:52 本竜野

本竜野 11:37 (1840D キハ47-1093) 12:01 姫路

 龍野へは姫路からJR播但線に乗って20分強。現在は揖保川沿いの市町が大合併して「たつの市」になっています。

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 龍野といえば「揖保之糸」。

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 それに「ヒガシマル醤油」があまりにも有名。個人的に「ヒガシマル」といえば醤油よりもうどんスープ。首都圏のスーパーではあまり見かけませんが、家庭でうどんを作る時の必需品です。

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 なお龍野は童謡「赤とんぼ」の作詞者「三木露風」の生誕地で「童謡の里」として売り出そうとしているようですが、当方はあんまりその方面には興味がありませんので全部割愛します。

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 旧龍野市街は揖保川の両岸に拡散してしまいましたが、龍野藩5万3千石の城下町の面影が残る旧市街は駅から橋を渡ったところに。

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 揖保川に近い辺りは商人町。「下川原商店街」が街並み保存に熱心な模様。

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 龍野には全国的にも珍しい「醤油博物館」があります。ヒガシマル醤油の旧本社を活用したもの。龍野は播州平野の小麦、山間部の大豆、揖保川の軟水、そして赤穂の塩と4点が揃った醤油の産地として江戸期から有名。ヒガシマル醤油はいまでこそ龍野で群を抜いた醤油メーカーですが、昔は中小のメーカーが乱立していたようで、合併に合併を重ねて現在の姿になった模様。ちなみに博物館の入場料はわずか10円です。

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 山裾に広がるのは武家町。時は変わって龍野の城下の武家町跡は公的機関や学校になってしまうというありがちな変遷を辿っていますが、旧武家町といい、町人町といい、落ち着いた街の佇まいを残そうとしている意欲がはっきりと見て取れるのは嬉しいもの。

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 龍野城。いったん破却された龍野城を再建したのは1672年に入封した脇坂氏。以後明治まで龍野は脇坂氏の下で栄えます。城は隅櫓があるくらいで、小藩ゆえか城内には御殿(再建)があるのみ。

 脇坂氏が全国的に名を知られる至る場面は2度あって、1つ目は関が原の合戦における東軍への内応。それに先んじた小早川秀秋の裏切りのほうが圧倒的に有名ですが、

 そして2度目は播州浅野家がお取り潰しになった後の赤穂城接収の役目を脇坂家が仰せつかったこと。こちらはあくまでも幕命に従ったまでで脇坂家が非難されるいわれは全くないのですが、その後の「忠臣蔵」の人気を思えば不憫な役回りといえないこともありません。

 (つづく)

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