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2007.12.03

2007年浦和を振り返る

 浦和の06年と07年に関する主なデータを拾ってみました。

   勝点:72→70
   勝ち:22→20
   分け:6→10
   負け:6→4
   得点:67→55
   失点:28→28

   ワシントンの得点:26→16

 浦和が土壇場でリーグ優勝を逃した原因は明らかでで、それは得点力が大幅に落ちたこと。総得点55というのはG大阪や川崎といった攻撃型のチームにはもちろん、終盤の大失速が祟って鹿島や神戸といったどちらかといえば守備が強いチームにも抜かれてしまいました。

 守備がやたら強いのは相変わらずなので負けが少ないのですが、とにかく点が取れないため引き分けが激増。

 得点力の減少はチームの絶対的なエースであるワシントンのゴール減となって顕著に表れています。

 ワシントンのゴール減はワシントン本人に帰せられる部分と、チームの限界を示す部分とがあるでしょう。

 チームへの合流が遅れたことが響いたのか今一つ調子の上がらないワシントン。ペルシク戦で途中交代を命ぜられたことで激怒し、その後もオジェック監督への不満を顕にしてついにはアウェー鹿島戦でベンチ外。夏場には心臓検査や怪我で長期離脱。さらに千葉戦で鼻骨骨折を負うアクシデントも重なって終盤は川崎戦のPKによる1点のみ。大分戦@駒場での決勝ゴールなど印象強いゴールもありましたが、年を通じてみれば明らかに期待外れ。ベンチの意向に反してPKを蹴ってしまう場面もあり(可能性の感じられないFKを蹴ることもしばしば)、また前線での守備をしないこともあってオジェックには甚だ使いづらい選手と見られたことでしょう。

 チームの限界とは「ワシントンの個人能力に極度に依存した闘いぶりがワシントンの不調とよって行き詰まった」ということに尽きます。ただワシントンが不調なだけならかろうじて鹿島を振り切れたかもしれません。ワシントンのサポートすべき選手が終盤に相次いで離脱、消耗したことも鹿島に逆転を許した一因でしょう。

 オジェックは当初ポゼッションを高めて組織的に敵陣を突き崩すサッカーを目指していましたが思うように勝ち点が伸びず、事実上の長期キャンプとなったA3での闘いを経て、結局昨年同様「守ってカウンター」の単純極まりない、退屈なサッカーに戻ってしまいました。

 オジェックが理想を追うのを早々と放棄し、結果重視のサッカーを続けたこと自体は、就任1年目から過酷なスケジュールの下で結果(ACLグループリーグ突破は必達!)を求められたことを考えればやむを得ないでしょう。組織の熟成に拘っていればACLもリーグもどちらも手に出来なかった可能性が極めて強かったと思います。ただ結果重視のサッカーを続けることとスタメンを極力固定することは必ずしも同義ではないはず。過度のスタメン固定によりワシントンをサポートすべき選手が終盤で極度に疲弊、あるいは戦線離脱したことが浦和大失速の主因になったことは明白でした。

 浦和が上昇気流に乗る原動力となった達也。ワシントンのサポート役として最適任だった達也が終盤に事実上戦線離脱。

 それ以上に痛恨だったのは暢久の長期離脱。これで浦和のサイド攻撃が壊滅。三都主の移籍により左サイドは相馬に多大な期待が集まりましたが、クロスの精度がお話にならない上に怪我を繰り返したこともあって全く戦力にならず。平川は甲府戦@国立での活躍もありましたが、その活躍も長続きせず。サイドを攻略して仕上げはワシントンというのは浦和の基本戦術だったはずですが、両WBでまともなクロスを上げられるのは実は右サイドの暢久のみという惨状。そしてその暢久がまさかの長期離脱となり、浦和のストロングポイントは消失してしまいました。

 両サイドからの攻撃が壊滅してから浦和の攻撃の組み立ては完全にポンテ頼み。代役となるべき伸二がこれまた終盤怪我で離脱して、疲労困憊のポンテは代えようにも代えがおらず、最後は明らかに切れを失ってしまいました。

 良かった面といえば、疲労の色が終盤攻撃面に顕著に表れたにも関らず守備は最後まで破綻を来たさなかったこと。特に昨年はサイドを崩されてかろうじて闘莉王が弾き返すような危なっかしい守り、まさに板子一枚での守りが目につきましたが、今年はJリーグではそういう場面が激減したように思いました(ACLではサイドをかなりやられましたが)。

 局面によっては変則的な4バックを採用。攻撃面が昨年の延長に過ぎなかったのに対し、守備面は多少柔軟性を出せたのは収穫かと。また闘莉王が再三戦線離脱したにも関らず失点が昨年と同じだったのは阿部の加入によってCB陣の層が一段と厚くなったのが寄与した結果でしょう。

 明らかな格下相手に惨敗を繰り返して終戦。だが憔悴しきった選手達を責める気にはなれませんでした。監督就任1年目にしてACL制覇、そしてリーグ優勝まであと一歩というところまでチームを押し上げたオジェックもまた予想以上の出来だったと思います(非常に評判の悪い硬直的な選手起用が悲劇的な結末の一因となったことによってオジェック解任を訴える方も散見されますが、何の脈絡もなく監督を代えてチームをダメにしてきた過去から何も学んでいないようですなぁ・・・)。ただいきなりACLとリーグの2冠を制することが出来るほど浦和は強くなく、他チームとの差はありませんでした。川崎が5位に沈んだことを見てもACLとリーグを並行して闘うのはやはり相当難しいのでしょう。

 ACLを並行して闘いながらのリーグ戦2位というのは恥ずべき成績でもなんでもないはずですが、やはり目の前にあった優勝杯を取り逃がしてしまった喪失感はあまりにも巨大。99年に一度灰燼と帰し、それから時に遅々としながらも栄光の座へと駆け上ってきた浦和がまたしても廃墟と化してしまいました。

 ここ2年文字通りチームの大黒柱だったワシントンがチームを去るのが濃厚な来年はこの屈辱をしっかりと生かしてもらいたいものです。Jリーグでぶっちぎりの実力をつけるために足りなかったもの。それは多少人が入れ替わったところで闘い方がぶれない組織力であることは前々から指摘されていたことのはず。監督2年目となる来年こそオジェックの真価が問われる時です。

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