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2007.12.06

越前紀行(2)

前回から続く)

Fukui2_1

 福井駅のすぐそばに福井城があります。もっとも城跡には天守どころか櫓・城壁・門などの建造物は一切残っておらず、本丸の内堀と石垣、そして天守台が残るのみ。おまけに本丸には福井県警本部・福井県庁等近代的なビルディングが建ちまくりですから観光名所化するのは少々苦しいものがあります。

Fukui2_2

 せめてこの隅櫓でも残っていれば良かったののですが・・・ さはさりながら越前福井32万石・親藩松平家が代々治めた大藩ですから石垣だけでも見事なもの。

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 1601年(慶長6年)に徳川家康の次男結城秀康が越前一国68万石を与えられ、柴田勝家の築いた北ノ庄城を約6年かけて大改修したのが今日の福井城の基礎。
 

Fukui2_4

 本丸に残る天守台。かつては二重の櫓の上に二重の望楼を乗せた形式を持つ外観四重、内部五階の天守が聳えていたとのこと。もっとも天守をはじめ大半の建物は1669年(寛文9年)の大火で焼失し、以後天守は再建されませんでした。

Fukui2_5

 天守台に登ると崩れた石垣が目に付きますが、これが1948年の福井地震で崩壊した石垣をそのまま残してあるもの。福井は石垣すら崩れてしまう震度7に相当する激震(当時は震度6までしかなく、福井地震の後に7が設定された)に見舞われ、終戦直後でバラック等不安定な建物が多かった福井は甚大な被害を受けました。

Fukui2_6

 福井城の前身にあたる北ノ庄城を築いたのが柴田勝家。朝倉氏の滅亡後、越前を支配していた一向一揆を平定した功績によって織田信長から越前国北ノ庄を与えられた柴田勝家は1575年(天正3年)に北ノ庄城を築きましたが、賤ヶ岳の戦いに敗れて北ノ庄城は灰燼に帰してしまいました。

 北ノ庄城を大改修(あるいは事実上新築)して福井城が築かれたため北ノ庄城の遺構を見出すことは難しいようですが、北ノ庄城跡は柴田神社&城址公園として整備されています。

Fukui2_7

 柴田勝家像。くたびれたビルに囲まれて非常に不憫・・・

続く

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