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2008.02.18

山陽路(2)

山陽路(1)から続く

赤穂の街はまさに「赤穂浪士」だらけ。

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駅舎からして櫓風。

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駅構内には「忠臣蔵」を大書。

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階段には四十七士の錦絵パネル

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駅前には当然大石蔵之助の像が。

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四十七士のパネルも。

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郵便局にすら

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絵本も忠臣蔵。なぜか四十七士は黒猫に。

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 もはやなんでもありですね。

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 こちらは赤穂市立歴史資料館。蔵が立ち並んでいるような派手な外観が特徴で、1Fが赤穂の名物だった塩田に関する展示。2Fが赤穂義士を中心とする展示となっています。

 1Fは赤穂伝統の入浜式塩田についてパネル解説していますが、塩田の専門用語を多用しているためパネルだけ見ても何がなんだかさっぱり判りません。5分くらいの解説ビデオを見てようやくパネルの言わんとするところが判る次第。海水を天日で乾かして砂についた塩の結晶を集めるのが塩田ですが、海水をいちいち人力で砂に撒いていては膨大な労力がかかってしまいます。そこで入浜式塩田では塩の干満を利用して塩田に海水を自在に導きいれるように工夫したというのがポイントだと思うのですが。

 2Fでは赤穂藩の歴史についても少し触れていますが、やはり赤穂は浅野家あっての赤穂。実際は浅野家お取りつぶしの後に入府した森家の治世のほうがはるかに長いのですが、赤穂にとって森家は事実上「なかった」ことになっているような・・・ また浅野時代ですら赤穂藩はたかだか5万石の小藩に過ぎなかったのですが、森時代にはさらに2万石まで減らされてしまい、城の修理にも苦労する有様で浅野時代の城下町を維持できなくなったとか。このあたりの事情も「浅野家は良かった」という心情に結びついているのかも。

 なお博物館では「赤穂浪士」ではなく「赤穂義士」という名で統一されています。

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