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2008.02.12

幻の長崎遠征(8)

幻の長崎遠征(7)から続く

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 前日長崎県南部の島原一帯を回ったばかりですが、この日は一転して長崎県北部の平戸へ。渡っているのは平戸大橋。長崎県は県内の道路事情が悪く、佐世保から平戸まで1時間半近くもかかります。

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 城下町であると同時にかつてはオランダとの交易地だったという複雑な歴史的背景を持つ平戸。フェリー桟橋から海越しに見える小さな天守はちょっとした観光名所ですが、残念ながらこの天守はまさに観光施設でしかなく、平戸城に天守があったわけではないようです。

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平戸城への登り口は桟橋から模擬天守の建つ山を挟んで反対側。城の周囲は亀岡公園として一般に開放されていますが、その公園を見下ろすように乾櫓が建っています。

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 狸櫓。これが唯一現存する櫓で正式には「多門蔵」ですが、「櫓の下に狸が住みだし、修理のため床板を剥ぎ取ったところ、小姓に化けた狸が城主の寝所にやって来て「狸の一族を櫓に住まわせて頂ければ、末長く守護します」と嘆願したので、城主は早速床を元通りにしてやった」という逸話から狸櫓と呼ばれているとのこと。

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 もともとこの地を治めていた松浦鎮信(後の平戸藩初代藩主)は豊臣系大名として徳川家康に睨まれるのを恐れてか、平戸城の前身である「日の岳城」を自ら破却。その後松浦氏は平地に御館を設けて政務を執っていましたが、関が原から100年も後の1703年になって4代藩主鎮信が幕府の許しを得て平戸城を建設。しかしその際も幕府への遠慮があったのか、天守を建てることなく乾櫓をもって天守代用としていたとのこと。

平戸城の縄張りは山鹿流といわれていますが、どの辺りにその特色が出ているのかは残念ながら勉強不足で判らず。

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 模擬天守から見下ろす見奏櫓。櫓が平戸瀬戸を行き交う船舶を監視する役目を果たしているのがよく判ります。江戸中期になって築城が認められた例は非常に少ないのですが、平戸城が築城を認められた一因として東シナ海警備を挙げる向きもあるようです。

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