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2008.04.18

山陽路(7)

山陽路(6)から続く

 津山城は大きな災害を受けずに明治維新を迎えたためか、多数の櫓を従えた5層の天守の姿が古写真にしっかり残っていますが、明治になって廃城とした際に建造物を徹底的に破壊してしまい、天守や櫓はおろか門すら残っていません。平成の世になって築城400年記念としてようやく「備中櫓」が復元されようやく面目を施した次第ですが、元々の規模が壮大だっただけにまだまだ寂しさは拭えず。ちょっとずつでも復元が進むことを願うばかりです。

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 建造物がほとんどないとはいえ、津山城に残る高石垣は見事。

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 南面には高石垣がひな壇のように三重に重なっています。

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 大手口。

 城跡一帯は鶴山公園として整備されており、公園は有料(210円)。

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 三の丸、二の丸と登ってゆくと津山城唯一無二の見どころ「備中櫓」が頭上に覆いかぶさるかのように建っています。

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 裏鉄門から本丸へ

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 一見天守台のように見えますが、これは粟積櫓跡。「小天守」と称されていました。

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 本丸の東側は一段高くなって石垣で固められています。

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 津山城の天守は本丸中央ではなく、その西端に偏って建てられていました。層塔型の5層5階の天守(4層目は庇として数えず、4層5階と表記する例も)。

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 備中櫓は戦闘専用ではなく、むしろ居住用。従って内部は書院風に造られた区画さえあります。

(続く)

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