ひたちなか海浜鉄道(上)
茨城交通・湊鉄道線が第三セクター「ひだちなか海浜鉄道」に転換したのを機に、久しぶりに同線を試乗してきました。
ひだちなか海浜鉄道はJR常磐線勝田駅から太平洋岸に近い阿字ヶ浦までを結ぶ15km弱のローカル鉄道で、途中漁港で有名な那珂湊を通ります。
ひだちなか海浜鉄道は勝田駅の1番ホームから出発。駅の改札口はJRと共用で、いったんJRのホームに入った後で海浜鉄道専用の中間改札を通る仕組みになっていました。
茨城交通時代に試乗した時は、国鉄等から譲り受けたオンボロのディーゼルカー、しかもクソ暑いのに非冷房(俗にいう「暖房車」)ではなはだ閉口したものでした。しかしいくら資金難のローカル鉄道とはいえそのままではあんまりなので、いつの間にか新潟鉄工製の新鋭車が入っていました。
車体の配色は茨城交通時代そのものですが、中央に新会社のロゴが記されています。
勝田から10分ほどで沿線の中心都市である那珂湊到着。
ここには鉄道の車庫も置かれており、件のオンボロディーゼルカーもここに留め置かれていました。
黄色いボディーに赤細帯のキハ2005
青ボティーのキハ222
いかにも使ってなさげな機関車も。
車窓からはステンレスボディーのディーゼルカーも見えました。
那珂湊駅内ではボランティアの方々(?)がインフォメーションコーナーを設置。観光色があるようで無い路線なので、地元の方々の支援が鉄道存続には必要不可欠。
那珂湊駅は映画「フラガール」のロケに使われたとのこと。フラガールの舞台となった常磐炭鉱とはかなり離れていますが、舞台となった地にはローカル然とした駅がなかったのでしょうか。
駅から10分ほど歩いたところに建つ山上門。もともとは水戸藩江戸小石川藩邸に建っていたものを、那珂湊出身の深作氏が昭和になって陸軍から払い下げを受けて当地に移築・保存したものとのこと。
山上門をくぐった公園内には反射炉跡が。「反射炉」といえば韮山のものが有名ですが、こちらは昭和になって復元された模型。水戸藩は尊皇攘夷の魁であると同時に開明的な側面も持っていて、薩摩や長州と同様にこのような反射炉を作ってはいたのですが、肝心な時に内部抗争で疲弊してしまい、結局明治維新の主役になり得なかったという残念な歴史を持っています。反射炉はその内部抗争の過程(元治甲子の乱)で破壊されてしまったとのこと。
反射炉の横には耐熱レンガ製造用の炉も(これも模型)。反射炉を作るためには耐熱レンガが必要なので、併せて建造されたとのこと。
(続く)
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