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2008.09.04

阿波&讃岐紀行(3)

阿波&讃岐紀行(2)から続く)

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 久しぶりに徳島へやってきたはずですが「見るべきものは見た」という気分になったので、いきなり香川へ移ります。四国島内の移動には高速バスが安くて便利。JR四国はもはや高速バスの走らない小都市を結ぶことに活路を見出すしか手立てがないようです。

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 JR高松駅周辺の再開発も一段落したのでしょうか。あまりにも駅周辺が変わりすぎて、宇高連絡船が走っていた頃の高松駅の姿を思い起こすのも難しくなってしまいました。

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 JR高松駅の向かい、琴電高松築港駅裏に高松城址があります。かつては城壁が瀬戸内海に直接面し、外濠・中濠・内濠の全てに海水が引き込まれ、城内に直接軍船が出入りできる本格的な海城でした。

現在の高松城は1587年(天正15年)に豊臣秀吉から讃岐に封ぜられた生駒親正が88年に築城開始、90年に完成を見たものが基礎。その後生駒氏に代わって高松に入った松平頼重、松平頼常によって改修を施されています。

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二の丸から鞘橋を渡って本丸へ入る予定でしたが、高松城本丸は石垣の補修工事の真っ最中。本丸に建っていた天守は三重四階(地下一階)で四国最大級、しかも最上階がその下よりも若干大きい「南蛮造」と呼ばれる独特の形状をしていましたが、明治期に破却されてしまいました。現在数少ない写真をもとに天守復元へ向けて動きがあるようです。

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高松城には天守が残っていないため、現存の月見櫓が事実上城の顔。往時はこの櫓が海に面して船の発着を監視していたことから「着見櫓」とも呼ばれています。月見櫓には水手御門・渡櫓が連続しています。

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艮櫓も現存のものですが、残念ながら位置は大きく変わっていて、かつての太鼓櫓の上に据えつけられています。

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艮櫓をかすめるように琴電が走っています。逆に言えば電車の窓から高松城址が見える一瞬でもあります。

高松城の別名「玉藻城」は、万葉集で柿本人麻呂が讃岐の国の枕詞に「玉藻よし」と詠んだことにちなんで、このあたりの海が玉藻の浦と呼ばれていたことによるとのこと。

(続く)

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