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2009.08.11

大分2009Ⅱ-(7)門司散策

大分2009Ⅱ-(6)から続く)

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関門海峡めかり駅近くに展示されていたEF30形電気機関車。下関~門司間専用で、関門トンネルの海水による錆を防ぐため車体外板にステンレスが採用されているのが特徴。

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そのままトロッコで折り返すのも芸が無いので、帰りはのんびり歩いてみました。列車がトンネルで抜けた山をぐるっと迂回する格好になるのでやや遠回りになります。

上写真は関門トンネルに付随している人道トンネル。トンネルづたいに対岸の下関まで歩いて行けます。一度歩いたことがありますが、トンネル内は非常に蒸し暑くて難儀しました。もっとも蒸し暑いのを利用してか、ランニングで減量をに努めている方もちらほら。

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ノーフォーク広場。「ノーフォーク」の名は北九州市(旧門司市)と姉妹都市関係にあるノーフォーク市@アメリカ合衆国バージニア州から来ています。ノーフォークは港湾都市であると同時に巨大海軍基地でもあるから、門司の相手先としては格が全く違うような・・・

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門司は単に本州から九州へやってくる際の玄関口であっただけではなく、大陸貿易の基地でもありました。上写真は旧門司税関で1912年完成。但し税関庁舎として使用された期間は意外に短くて1927年、すなわち昭和に入ってすぐに税関としての役目を終えたとのこと。

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国際友好記念図書館。1902年に帝制ロシアが大連市に建てたドイツ風建築物を、北九州市・大連市友好都市締結15周年を記念して1994年に複製建築したもの。甚だ紛らわしいのですがこいつはもともと門司にあったわけではありません。

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門司港が「焼きカレー」でブレイクする前は、「バナナの叩き売り発祥の地」で売り出していたように記憶しています。台湾から運ばれて来たバナナのうち輸送の途中で傷んだりして市場に出せなくなったものを、かつては露天商等が文字通り港で「叩き売り」していました。門司港は日本の港湾では台湾に比較的近くてバナナが入荷する機会も多かったのでしょうが、先に神戸や横浜でバナナの叩き売りをやっていても別に不思議ではないような・・・ 「先に言ったもの勝ち」に過ぎないような・・・

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|-`).。oO ほんで勢い余ってこういうのを作っちゃったんだろうなぁ・・・

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旧大阪商船。大阪商船の門司支店として1917年建設。レンガ造りのように見えますが、実は木造・一部コンクリート造りで、オレンジ色の部分はタイル張り。八角形の塔が特徴。

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旧門司三井倶楽部。三井物産門司支店の社交クラブとして1921年に建築。写真では大小の三角屋根が映える洋風の本館の陰に隠れていますが、和風の建物が付属しています。アインシュタインが宿泊したことがあるというのが売り。港町よりも高原に建っているほうがよさげな建物ですが、戦前の三井の余裕を感じさせるというか、それだけ貧富の格差が著しかったというか・・・

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