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2009.09.01

広島2009弐-(2):鞆の浦(下)

広島2009弐-(1)鞆の浦(上)から続く)

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鞆の浦は一応漁港なんですが、規模が大きいわけではないのでそこら中で海産物を売っていたり、寿司屋や海鮮料理屋が軒を連ねているというわけでもない(っちゅーか、そういうのがゴロゴロあったら景観もへったくれもないですわな・・・)ので、観光地の割には食事処が少ないのが難。

そこでネットで調べて評判よさげな「千とせ」に入ってみました。開店してまもない時間帯の入店でしたが、あっという間に1階は満席に。夏休みなので子供連れが目立ちました。

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鯛料理をごてごてと並べた「ナントカ定食」がお勧めっぽかったのですが、ここはシンプルに「鯛めし(1050円)」を注文。わっぱかお櫃で出て来るものと勝手に想像していたところ、随分と大きな丼で出て来たのには意表を突かれました。

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ごわごわ、ぱさぱさとした食感で、しかも全体に超薄味。たぶんこれってナントカ定食のご飯として供するのを前提としているんじゃないかなぁ・・・煮魚とかと合わせて食べてもOKみたいな・・・

細かくほぐされた鯛の身はそこそこ美味で、その一瞬だけご飯も美味しく食べられましたが、如何せんその量は少ないので漬物やお吸い物で塩分を補給しながらなんとか完食。「鯛めし」を単品で頼むのは無謀だという結論に。もっともその教訓を生かす機会はもうないと思いますが・・・

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狭い鞆の浦を歩いていると「保命酒」の看板をやたら見かけます。字面から容易に想像できるように要は「薬酒」。中国産の生薬十六種を浸け込んで造られいて、正式名称は「十六味地黄保命酒」。

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福山藩の保護を受けて鞆の浦の特産品として全国的にその名が知られていたそうなんですが、今日同じような薬酒である「養命酒」に知名度で大きく差を付けられたのは何が原因なんでしょう???

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「保命酒」の看板をやたら見かけるのは、狭い町なのに「保命酒」のメーカーが4社(岡本亀太郎本店、入江豊三郎本店、八田保命酒舗、保命酒屋 鞆酒造)もあってそれぞれが店と工場を構えているため。

かたや「養命酒酒造」は東証1部上場で規模の差は圧倒的。

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「ミツボシ保命酒」を生産・販売している岡本亀太郎本店でちょっと試飲させてもらいましたが、超甘ったるくてこれは勘弁・・・ 杏子酒や梅酒ベースのほうがまだ飲みやすいかなぁ・・・

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鞆の浦の見所としてガイドブック等によく取り上げられている「太田家住宅」も元は福山藩の御用名酒屋を務めた保命酒の蔵元「中村家」の屋敷で、敷地内には保命酒蔵も。建物群の一部が重要文化財の指定を受けています。

なお幕末の「七卿落ち(=尊皇攘夷派の三条実美ら7人の公卿が公武合体派によって京都から追放)」で長州に逃亡する際、ここで宿泊したとのこと。見方を変えれば幕末時にはまだ鞆がそれなりに交通の要衝として機能していたということなんでしょう。

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