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2010.11.05

湖北散策(2):敦賀散策

湖北散策(1)から続く)

河毛 13:20 (3448M クモハ223-2050) 13:35 近江塩津
近江塩津 14:04 (3454M クモハ223-3019) 14:17 敦賀

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小谷城&姉川古戦場を廻った後は、北陸本線を北上して敦賀駅へ。朝から雲行きが怪しかったのですが、到着した時点でとうとう雨になってしまいました。

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敦賀駅前に建つ「都奴賀阿羅斯等(つぬがあらしと)」の像。なんか駅に降り立った人に気軽に挨拶をしているオッサンのようにも見えますが、日本書紀にその名が見える、朝鮮半島任那国の王子が来着したことを踏まえたもので、敦賀の地名はこの王子に由来するとか。

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駅からだらだらを坂を下ったところに「気比神宮」。

現在の元気がない敦賀の街からは想像し難いのですが、敦賀は京都から北陸へ、そして日本海を渡って海外へと向うにあたっての交通の要衝として古くから重要視され、気比神宮も海陸交通の要衝を扼する神として上古から崇敬されてきました。

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代々朝廷の崇敬を受けてきましたが、戦国時代に越前朝倉氏についたため、1570年(元亀元年)織田信長の越前攻略により、社殿焼失、社領没収の憂き目にあって一時社勢は衰退。

江戸時代に福井藩祖の結城秀康によって再興され、その後福井藩や小浜藩の保護を受けて今日に至っています。

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風雨が強まる中、敦賀港へと歩いて「旧敦賀港駅舎」を見学。1999年に開催された「つるがきらめきみなと博21」のシンボルの一つであり、シベリア鉄道経由でヨーロッパ諸国と繋がる「欧亜国際連絡列車」の発着駅として賑わった時代の敦賀港駅駅舎を再現したもの。

ただし、元の場所とは全く異なる場所に建てられている上に、「再現」といっても戦災で駅舎の正確な資料が残っておらず、なんとも微妙な旧駅舎・・・

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赤レンガ倉庫が残っているのは歴史ある港町ならでは。上写真は1905年(明治38年)に紐育スタンダード石油会社によって建設された石油貯蔵用の倉庫。

観光・商業施設として立派に整備された舞鶴や函館の赤レンガ倉庫と比べると外観を見るだけなのが残念。

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金ヶ崎城。越前朝倉攻めに邁進した織田軍が、浅井家のまさかの裏切りによって一転して窮地に陥った舞台として有名。

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金ヶ崎城址の麓には金崎宮が建っています。随分と商売っ気満々な神社ですが。

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雨をついて金ヶ崎城址にも登ってみましたが、眼下には工業港・・・(´・ω・`) ショボーン もっとも城址といっても敦賀湾に突き出した小高い丘といった程度のもので、さして面白いものでもありませんでしたが。

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