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2010.11.29

無間地獄へと続く茨の道-フィンケ退団

・フィンケ監督の退団が公式に発表されました。またどういうわけか新監督は公式発表されていませんが、エルゴラ古屋氏が同紙上で「後任ペトロビッチ」を明言していますから、これも間違いないでしょう。

・フィンケと共に歩むはずだった浦和改革はわずか2年で頓挫。契約満了に伴う退団であって「解任」ではないのですが、フィンケが数年がかりでチームの改革を進めようとしてきたのは明らか。クラブがフィンケ監督就任時に掲げたはずの「レッズスタイル」の完成を見ないまま、わずか2年で監督を代えるのは事実上の解任・更迭と見られても仕方ありません。

・今回の監督更迭劇で何より腹立たしいのは、浦和が中長期的なチーム改革の意思・意欲を簡単に捨ててしまったこと。今季の成績は目標としていたACL圏にほど遠い順位に留まり、その結果を重視して監督交代を決断したのでしょうが、その後任はなんとペトロビッチ。わずか2年、志半ばで解任されたオフトの後に浦和OBであるギドを招聘した構図が否が応でもフラッシュバックしてしまいます。

・プロの監督ですから結果には責任を負わざるを得ません。しかし、土台作り、チームの育成と結果の両立はどんな監督でも極めて難しいもの。将来有望だが経験の少ない選手とピークを過ぎた選手だらけで、働き盛りの世代が少ないいびつな選手構成。しかも補強費が乏しくなってその穴埋めもままならず。さらに試合や練習での接触・交錯という、監督の責に期し難い理由による怪我人が多発。こんな状態で、結果に重きを置いた監督交代は甚だ疑問。

・またフィンケとスタイルが似ていて、フィンケ以上、いやせめて同等の実績がある監督を招聘したならまだ納得が行きますが、残念ながらペトロビッチは一応監督経験があるとはいえこれといった成績は残しておらず、当然ながらフィンケと違って欧州内で一定の評価を得ているわけではありません。

・新聞紙上では福田コーチに監督就任を打診したけど固辞されたとか、呆れるような記事も出ていますが、ペトロビッチ招聘の件といい、フロントはそもそも真面目に後任監督を探していたのでしょうか?単に「フィンケでなければ誰でも良い」と考えていただけではないのでしょうか? そんな風に考えたくもなる摩訶不思議な監督交代です。

・「観客減はフィンケのせい」という、「太陽が東から昇るのも、ポストが赤いのもフィンケのせい」みたいな意見がスポーツ紙上を賑わせる中、かつて絶大な人気を誇った浦和OBを監督に据えれば観客が戻ってくるとでも考えたのでしょうか?

・また不可解さに輪をかけるのが、この監督交代を誰が決めたのか判然としないこと。もちろん決裁権を持っているのは橋本社長ですが、残念ながらサッカーには素人ですから主体的・能動的に判断したとは思えません。ところが、なぜか早い時点で「関係者」をソースにフィンケ解任の報がスポーツ各紙どころか一般紙にまで流れ始め、社長もGMもその報に対して何の反論も打ち出さないまま、その報を追認する格好でフィンケの事実上の更迭を決めてしまいました。監督を守らない、守れないフロント。そんなクラブです、浦和は。

・今回の監督交代劇が浦和に与える影響は実に甚大。オジェック監督をわずか2試合で解任し、さらにスポーツ各紙からの言われなき批判に晒されたにも関わらず、フィンケ監督を守るどころか背中から匕首で刺すようなやり口で事実上更迭した浦和にはもうまともな監督なんて来ないでしょう。特にフィンケのように長期的スパンでチーム作りを考える監督なんて絶対に来ません。今後また浦和が「土台作り」「抜本的改革」を打ち出す日がやってくるでしょうけど誰も本気にしないでしょうね、ファン・サポーターを含めて。

・監督がペトロビッチに決まったのは、そんな浦和体質が早くも嫌気されてこれといった監督候補が現れなかった結果と思えば妙に納得が行きます。

・浦和の社長がコロコロ代わり、しかも往々にしてサッカー素人が就任する以上、浦和のスタイルを長期的視野をもって護持する、いわば「浦和の憲法の番人」として今年就任した柱谷GMに当初多大な期待を寄せていましたが、非常に残念なことにその信頼は完全に裏切られたました。GMとは名ばかりで、ただの強化責任者として今後職を全うすることになるんでしょうなぁ・・・海外には全く人脈がなさそうな強化責任者として。

・まともな監督を迎える目が乏しくなった以上、今後の浦和の成績は選手、特に外国人選手の当たり外れに左右される極めて不安定なものになるのは必定。そして長期的視野もへったくれもなく、成績が良ければ監督続投。成績が悪ければ監督解任。もちろんやっているサッカーも猫の目のように変わります。そう、Jリーグのお荷物だった頃の浦和へ逆戻り。

・ギド時代のように監督がど素人でもエメやワシントンのような「Jリーグでは反則」レベルの外国人FWがいればなんとかなったかもしれませんが、年棒高騰でそのレベルの選手がJリーグに来ることはもはやなくなりましたし、そもそも当の浦和がレッズランド等の付帯事業によって固定費がかさみ、強化費が乏しくなっているという惨状。経験の乏しい監督に対するハードルはとてつもなく上がっています。

・08年終盤の閉塞感は「監督が変わればなんとかなる」との思いで無理やり乗り切りました。しかし浦和の病巣は監督ではなく、社長やGMでもなく、自分たちではもうどうにもならないほど根深いところにあると判った現在、やるせなさは募るばかり。

賽は投げられました。浦和に残された道は無間地獄へと通じる茨の道です。

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