湖北散策(1):小谷城
小谷城・彦根城を中心に湖北&敦賀市街を巡った際の記録です。
東京 6:16 (のぞみ3号 786-714) 7:53 名古屋
名古屋 7:56 (こだま695号 725-540) 8:26 米原
米原 8:40 (8137M クハ520-2 8:50) 長浜
長浜 8:55 (3200M クハ222-2014) 9:02 河毛
新快速が頻繁にやってくる長浜より北となると、同じ滋賀県内といえども列車本数も車両数もがた減り。全く持って寂しい限りで河毛駅なんて無人駅じゃないか思ったのですが、意外や意外、立派な駅舎。駅舎というより実態は限りなく公民館ですが。
駅前には浅井長政とお市の方の像。 このあたりは来年の大河ドラマ「江」の舞台であり、さぞかし観光客で賑わうことでしょう。
河毛駅でレンタサイクルを調達。受付には当方を含めて3人やって来ましたが、3人とも小谷城見学目的。パンフレットを2冊もらって、簡単な道案内を受けて出発。2人は女性でしたが、歴女ってホンマにおるんですねぇ・・・ 山では姿を見かけなかったから麓の資料館だけ見て帰っているんでしょうけど。
小谷城歴史資料館脇の登山口から追手道ルートで登城開始。
小谷城は歴史好き・城跡好きがやってくるのみならず、ちょっとしたハイキングコースにもなっているようで、中高年のグループがしばしば往来。
20人ばかりを率いたガイドに話しかけられ、「どこから来た?」「どこまで登った?」「他にもどの山城行った?」とか散々話の相手をさせられたあげく、「こちらが埼玉から来たお客さんです!」と一同に紹介ってワシは見せもんかっちゅーねん???
っちゅーか、知らない人に気安く話しかけるって関西人の特技であり、ある意味難儀なところなんだよなぁ・・・「大嶽まで行かんと」ってワシは山登りが趣味なわけやないからのう。
木々はきっちり伐採されて、道そのものは広くて迷いようがないのですが、階段を設けたところはほとんどなく(金吾丸の上り下りくらい)、土が剥き出しになっているところも結構多くて雨上がりは非常に滑りやすいのが難。
大河ドラマの舞台になることが決まっているためか、案内板設置用と思われる木杭をあちこちで見かけました。
麓から登る人なんてほとんどいなくて、番所あたりまで車でやってくるのが当たり前。あるいは滑りやすい追手道を回避してか、車道を歩いて登ってくる人もちらほら。
帰りはいかにも滑落しそうな追手道を嫌って車道を歩いて戻りましたが、資料館とは随分離れたところに降りてしまうので、それはそれで難儀。
本丸の下に広がる桜馬場。浅井一族の慰霊碑も。
本丸。小谷城は本丸より奥に、中丸、京極丸、小丸、山王丸と曲輪が続いており、さらに本丸と中丸の間に大堀切が設けられているのが特徴。
羽柴秀吉は、清水谷の急傾斜から京極丸を急襲して陥落させ、本丸を守る浅井長政と小丸を守る長政の父・久政を分断させることに成功し、難攻不落と言われた小谷城攻略を果たしました。
大石垣。通常の見学ルートからは微妙に外れているので見落としがちですが、小谷城遺構見学には欠かせないポイント。
2時間ほど山中を歩きまくった後はがっつりと昼食といきたかったのですが、北国街道を行けばなんかあるだろうと希望的観測も空しく食事処は全くなし。やむなくコンビニで昼食(´・ω・`)ショボーン
織田・徳川氏と朝倉・浅井氏が激闘を演じた姉川古戦場。小谷城からは案外遠く、しかも小谷城巡りでかなり足にダメージを負ったようで、平坦な道にも関わらずペダルが重いのなんの。
しかも城跡と違って古戦場は特になにがあるというわけでもないから、相当妄想を広げない限りそんなに面白いもんじゃないんだよなぁ・・・(´・ω・`) ショボーン
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