吉備路2010(3)
(吉備路2010(2)から続く)
岡山 8:09 (731D キハ47-170) 8:20 備前一宮
翌日は備前一宮で借りたレンタサイクルを駆使して吉備路の社寺巡り。
最初に訪れたのは備前一宮駅からほど近いところにある吉備津彦神社。備前国の一宮として信仰を集める神社で、大吉備津彦命が主祭神。
もともと古代より背後にある中山全体が神の山として崇敬されていて、大吉備津彦命が永住された吉備中山の麓の屋敷跡に社殿が建てられたのが当神社のはじまりだとか。
随神門。1697年(元禄10年)池田綱政が造営したもので二柱の門番の神様がお祀りされています。
右に見えるのは高さ11.5m.、笠石8畳の日本一大きな燈籠で、1830年(文政13年)から27年に渡って寄付がよせられ、1859年(安政6年)建立。
拝殿。非常に古い歴史を持つ神社ですが、1930年に失火により本殿と随神門以外の社殿・回廊が焼失。現在見られる社殿は1936年に完成したものとのこと。
茶褐色の狛犬は備前焼でしょうか?
吉備中山の山裾をぐるっと回って吉備津神社に到着。吉備津彦神社が中山の北東にあるのに対し、吉備津神社は北西にある格好で、こちらは備中国の一宮。
急な石段を登りきるといきなり本殿拝殿の前に出てきます。
国宝本殿拝殿。入母屋の千鳥破風を前後に二つ並べてひとつの大きな屋根にまとめた極めてユニークな構造を有しており、足利義満が造営。
境内の末社などへ長々と回廊が伸びています。
吉備津彦命に祈願したことが叶えられるかどうかを釜の鳴る音で占う「鳴釜神事」が催される御釜殿。
しばらくのどかな吉備路を西へ西へ。
なんでもないはげ山のように見えますが、これは造山古墳。
墳丘の長さでは日本で4番目。しかし天皇陵とされていないせいか、古墳の間近まで住宅が迫るなど開発が進んでいます。
古代吉備王国の首長の墓といわれ、その大きさが畿内政権と肩を並べる古代吉備の勢力を物語っていますが、謎の多い古墳だとのこと。
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