2009.11.05

新潟2009弐-(4・了):小千谷~新潟

新潟2009弐-(3)から続く)

Ojiya2_01

Ojiya2_02

 小千谷の名物といえばへぎそばよりもむしろ錦鯉。さすがに錦鯉をゆっくり鑑賞するだけの時間はありませんでしたが、街の至るところに錦鯉をモチーフとした絵や工作物が見受けられます。

Ojiya2_03

Ojiya2_04

 ただ残念なことに小千谷の街自体の地番沈下が著しくて(特に信濃川右岸の駅前通一帯)、華やかな錦鯉の絵が逆に哀愁を帯びて見えました。

小千谷 13:20 (1737M モハ114-116) 13:36 長岡
長岡 13:50 (MAXとき387号 E459-224) 14:14 新潟

 これだけ道草を繰り返してもまだまだキックオフまで2時間近くあり、へぎそばを食べた後の腹ごなしも兼ねて、歩いてビッグスワンへ。昨シーズン歩いて道順確認済みなこともあって約45分でスタジアム到着。ただビッグスワンのある公園に入ってからが案外遠いんですな。おまけに今回座ったメインスタンド・アウェー側(Wゲート)は公園入口から真逆だし・・・ ちなみに同じ道をレンタサイクルでビックスワンへ向かう赤サポもちらほら。雨でさえなければそれが一番賢いアクセスでしょうな。

Niigata_01

今回は「JAにいがたサンクスデー」。ゲートでおにぎりを配っていましたが、確か3万個用意していたかなぁ・・・ こんなにのんびり出かけても楽々ゲット。

20091017no109

でも選手入場時にフラッグで広告っちゅーのは新手だったなぁ・・・

20091017no112

 ネーチャン来た、来た、来た! っちゅーか、前はアウェー側には来なかったよなぁ・・・これもJ1上位にいる余裕のなせるわざか・・・

新潟 19:19 (MAXとき348号 E155-1) 20:54 大宮

20091017no113

後半は新潟にチャンスらしいチャンスもなく、おまけに雨が降ってきたので、試合終了を待たずに新潟サポがどっと席を立ち、"We are Diamonds"を一通り歌い終わった時にはほとんど新潟サポは残っていませんでした。

それゆえ「こりゃシャトルバスに乗れるのはいつになるか判らんなぁ・・・」と思って、雨が降ったりやんだりの中を新潟駅へ歩いて帰りましたが、これは結果的に大正解。同じ新幹線に乗り合わせた赤サポでシャトルバスに乗った者は下車後新幹線まで激走を余儀なくされ、弁当もビールも買う余裕がなかったとのこと。

もっともその「激走御一行」の中に浦和レッズ一行も含まれていたわけですが・・・爺さんに階段走らせるなよ・・・(苦笑)

っちゅーか、昔選手一行は混雑を避けて燕三条駅から乗っていたような記憶があるんですが・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.11.04

新潟2009弐-(3):小千谷のへぎそば

新潟2009弐-(2)から続く)

浦佐 10:28 (1733M モハ114-1072) 11:29 小千谷

Ojiya1_06

 さらに歩を進めて小千谷で途中下車。

Ojiya1_05

 小千谷といえば十日町と並んで「へぎそば」のメッカ。小千谷の街の中心部は、小千谷駅からは信濃川の対岸にあってかなり遠いのが難。とはいえ、お腹も空いたのでせっせと歩いて有名店「わたや本店」へ。

Ojiya1_04

 3階建ての巨大店舗。昼しか営業していないのにこれだけの店を構えられるってよほど繁盛しているのでしょう。昼間から早々と出来上がっている風の小グループを含めて先客8、後客12。

 普通の「へぎそば」だと最後は味わいが単調で飽きてしまうのが経験的にわかっているので、今回は海苔がたっぷりかかった「花巻へぎそば」を2人前で注文(1,600円)。後客の様子を見ていると2人で3人前頼んで、天ぷらを単品で注文している人が結構いましたが、分量的にも味のバランス的にもそれが正解でしょうな。

Ojiya1_01

 店内はテーブル6卓と小上がりに3卓。

Ojiya1_03

 巨大な徳利を添えて出てきました。

Ojiya1_02

 つるつるっとした歯ざわりと、堅いわけではないが噛むと弾力があるといったところはいかにもへぎそばなんですが、麺が細めで、しかも一般的なへぎそばと比べて白っぽいというか、ふのりの緑がかっていないあたり、フツーの蕎麦にも近いような・・・

 つゆはあっさり、かつ薄口。開店して1時間強しか経っていないのに蕎麦湯がどろっとしているのは繁盛の証なんでしょう。

 ちょっと薬味が寂しい感じもしますが、それでも豊富な海苔の力は絶大で、最後まで飽きずに楽しめました。量的にはこれで一杯一杯(苦笑)。

 9月にも長岡でへぎそばを食べましたが、今年のへぎそば巡りはこれで終了かな?

| | コメント (7) | トラックバック (1)

2009.10.30

新潟2009弐-(2):浦佐駅探訪

新潟2009弐-(1)から続く)

越後湯沢 9:58 (9431M クモハ115-1560) 10:26 浦佐

Urasa2_06

予期せぬ事態で越後湯沢での時間が有り余ってしまいましたが、駅まで戻ってくると「捨てる神あれば拾う神あり」というべきか、全くのノーマークだった臨時快速「直江兼続ふるさと散策号」というのが浦佐まで出ていることが判明。

Urasa2_07

沿線に直江兼続ゆかりの地があるといっても大抵のところは駅から遠いので、この手の臨時列車に果たしてニーズがあるのか少々疑問でしたが、意外にも歴史探訪っぽい団体客が2両の列車の座席をほぼ埋めるくらい乗ってきました。

 車内放送でも兼続関係のウンチクを垂れ流してくれます。「天地人」のオープニングの終わりで兼続が山の頂に立って越後平野を見下ろしていますが、あの山は八海山とのこと。これは勉強になりました。

Urasa2_03_2

 終点浦佐で小休止。

Urasa2_04

 六日町でも小出でもなく、それまで急行「佐渡」すら半分くらいしか止まらない小駅だった浦佐が突如新幹線停車駅になったのはこの方のお陰なのかどうなのか。確かに銅像に屋根がついています。

Urasa2_02

 乗降客数の割にはムダにでかい駅。後に出来た長野新幹線や九州新幹線、東北新幹線盛岡以北における乗降客の少ない駅と比べるとまさにムダの塊りのような駅。

Urasa2_01

 そんな駅で立ち食い蕎麦屋が営業を続けていることに強い驚きを感じてしまいます。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009.10.29

新潟2009弐-(1):越後湯沢

新潟は集客力が激減し、浦和戦ですら当日券が出るようになったので、今回は阪急交通社のお世話にはならずに自力でチケット&交通手段を確保しての新潟入り。とはいえ真っ直ぐ新潟市へ入っても寿司を食うくらいしか楽しみがないので、途中下車を繰り返してみました。

Yuzawa1_01

大宮 7:26 (MAXとき303号 E458-7) 8:11 越後湯沢

Yuzawa1_02

赤サポだらけの「MAXとき303号」を越後湯沢で下車。スキーシーズン以外の越後湯沢はほとんど人気がなくて、それはそれで結構好きだったりします。

Yuzawa1_03

お湯が張られていない足湯・・・

Yuzawa1_04

新幹線から良く見える布場スキー場。子供連れで遊ぶには最適でしょうけど、こういう標高の低いスキー場は昨今満足に雪が積もるのかどうか甚だ心配・・・

Yuzawa1_07

ひとまず湯沢の温泉街の北外れにある「駒子の湯」へ。町営の日帰り温泉施設です。

【温 泉 名】越後湯沢温泉
【施 設 名】駒子の湯
【入浴料金】500円
【交通手段】越後湯沢駅から徒歩15分
【泉  質】ナトリウム・カルシウム-塩化物温泉
【源 泉 名】湯沢町温泉管理事業(第1配湯所)
【泉  温】源泉:57.3度
【コメント】加水・循環ろ過・塩素殺菌。

 ちょっと塩素くさいのが難ですが、それでも近在と思しき爺さんが何人も気軽にやって来て朝風呂を楽しんでいました。湯船は長方形のものが一つあるだけで露天がないどころか、戸外に休憩スペースすらありません。採光が良くて風呂場が明るいのは好材料。

 風呂場のサイズに比べるとカラン数が多い(10個くらい)のは夕方にどっとやってくるスキー客対応なんでしょう。

Yuzawa1_05

 休憩スペースでしばしくつろいでも良かったのですが、駅前に温泉銭湯があったのを思い出して往訪。

Yuzawa1_06

でもなんと開店は午後1時から。昔は朝からやっていたはずなんですが・・・(調べたら2000年に訪れた時は11時半頃に入浴してました)

Urasa2_05

時間が有り余ったので越後湯沢駅の売店をひやかしに。大きな日本酒売り場がありますが、日本酒の売れ行き不振はこうした酔っ払いのイメージ(↑)から来ているような気がして仕方がありません・・・

※4月の「ごらんアウェー:新潟2009」はこちら

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009.10.15

松本アルウィン2009(下)

松本アルウィン2009(中)から続く)

20091011no088

ちょっと早足で歩いたせいもあって村井駅から45分くらいでアルウィンの片隅に着きましたが、入場口はその対角線上。松本山雅のサポーターも大勢来ているようで、早い時間からコールが鳴り響いていました。

20091011no090

さすがにスタジアムをじっくり観察する時間はなく、買い物は省略。スタジアム内では松本東急インが売店を出していたり、ココイチがカレーを売っていたり。 浦和戦の人出をあてこんでの出店なのかもしれず、普段の地域リーグではまた違うのかもしれませんが、意外と言っていいほど売店が充実していました。

20091011no115

その一方でスタジアム輸送はいたってお粗末。

シャトルバス乗り場を事前に確認しておかなかったのが災いして随分探しまくった(人の流れについていったら、それは駐車場へ向う人々でした(苦笑))のは半ば自らの不明だとしても、そもそもバスの数が全く足らず、乗車まで30分以上待つ羽目に。 最初に数台が出て、それが帰ってくるまでひたすらバス待ち・・・ ただいったん乗ってしまえば渋滞はなく、松本駅前に30分くらいで到着。ただわずか2台でアルウィンへ帰ってゆくシャトルバスとすれ違った際には改めて憤りが・・・

道中、浦和のビッグフラッグを掲げた民家を見かけました。ここまで世を忍ぶ仮の姿で耐えてきたであろうのに、正体を表した途端これだもんなぁ・・・ 誠に気の毒(合掌)。

20091011no117

 松本駅に着いたことにはすっかり風も冷たくなってしまいました。試合内容ゆえそう感じたのかもしれませんが。

20091011no121

 昼間は碌なものを食っていないので帰りも駅弁を買って帰ろうと思ったのですが、松本の駅弁ってイマイチ食指が伸びないものばかり。しかも地元「イイダヤ軒」の駅弁は見当たらず、塩尻の「カワカミ」製の駅弁や、はては富山の「ますのすし」なんかが目立つ始末。快勝してさえいれば、「ますのすし」で一杯やりながら帰っても別に良かったんですけどね・・・

で、半ば自らへの罰という意味もこめて、0・1番ホームの駅そば屋「信州坊主」へ。

20091011no119

「天ぷらそば(370円)」。駅そば屋には珍しく生麺を使用しているようで(従って希望すれば「蕎麦湯」が出ます)出来上がりにちょっと時間がかかり、またぼそぼそっとした食感に好みが分かれそうだけど、個人的には結構好きだったりいます。天ぷらというかかき揚げのほうはころもがやたら分厚くて×でしたが・・・

松本 16:30 (あずさ56号 モハE257-1011) 19:21 新宿

20091011no123

夕飯代を安く上げた分、つまみを多めに買ってひたすら新宿まで飲みまくり。

それでも悔しくて酔えず、体に悪いこと限りなし。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.10.14

松本アルウィン2009(中)

松本アルウィン2009(上)から続く)

20091011no030

 諏訪は古くから精密機械工業が盛んなところで、セイコー・セイコーエプソンが有名ですが、意外な会社が諏訪にルーツを持っていました。精密機械とは縁がなさそうな、どちらかといえば「重」な会社ですが、製糸工場向けバルブの製造販売に始まっているんですなぁ・・・

20091011no031

その工場跡地は現在整備途上の様子。「体験御柱」が鎮座していましたが、そういえば来年は「諏訪の御柱祭」。

20091011no039

高島城は上諏訪温泉の旅館街からだいぶ南に離れているので随分歩きましたが、「片倉館」に到着。上諏訪温泉を代表する日帰り温泉施設で、シルクで財を成した片倉財閥が地元の福祉施設として建築したもの。

20091011no056

20091011no048

【温 泉 名】上諏訪温泉
【施 設 名】片倉館
【入浴料金】500円
【交通手段】上諏訪駅から徒歩5分
【泉  質】単純温泉
【源 泉 名】混合泉(三ツ釜1号・2号、あやめ源泉)
【泉  温】源泉:64.5度 → 使用位置:41.5度

 ど派手な西洋風の外観に驚かされますが、やたら深い千人風呂でも有名。2段になった縁の下段に腰掛けて半身浴を楽しもうとしても首まで浸かってしまいます。千人風呂の底には玉砂利。その触感がなんとも微妙・・・ 空いている時間帯には風呂を歩き回る爺さんとか居そう・・・

 ロッカーが有料(50円)なのと、単純温泉で湯にこれといった特徴がないこと。そして加水 & 循環ろ過 & 塩素系薬剤で消毒と今となっては温泉的に有り難味の少ないのが難(さらに言えば混合泉というのも・・・)ですが、なにぶんゆったりしているのでそれなりに好きだったりします。

20091011no044

 2階には休憩室。ささやかながら飲食施設を併設しています。開館してまもない時間帯でがらがらなので、本来なら湯上りにビールでも飲んでしばし寝転んで休憩したいところですが、さすがにそこまでやってしまうと本来の趣旨を忘れそうになるので自粛。

もっとも、そのまま寝ていたほうが結果的には精神衛生的に遥かにマシだったわけですが・・・orz

上諏訪 11:07 (433M モハ114-1047) 11:34 村井

20091011no076

まだ少々時間が余っているので、またしても村井駅から徒歩でアルウィンへ。意外にも村井駅で降りる赤者は何人もいました。

その大半は数台停まっていたタクシーに分乗でしてアルウィンへ向ったようですが、アルウィンへ向けて歩く奇特な方もちらほら。結構皆さん早歩き。

20091011no080

前回アルウィンへ向けて歩いたのはわずか2年前ですから道中特に変わった様子はありませんでしたが、驚いたのはママチャリに乗った坪井ユニに抜かれたこと。オッチャン、どっから来たんや・・・

20091011no081

ようやくアルウィンが見える田んぼに到着。前回は野焼きの時期だったのに、今回はまだ稲刈りでした。

   

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009.10.13

松本アルウィン2009(上)

20091011no002

新宿 7:00 (スーパーあずさ1号 モハE350-103) 9:14 上諏訪

朝からビールの廃人コース。

20091011no003

新宿駅オリジナルな駅弁は「復刻鳥めし」くらいで、他は東京や大宮でも見かけるNRE大増製のものばかり。ビールのつまみになりそうなものという観点から「釜めし弁当(900円)」を購入。釜に入っていないのに「釜めし」とはこれいかに。「釜めし風」というのが正鵠。内容は良くも悪くも見た目通り。ただビールのつまみ代わりに買ったのに「桜餅」がついていたのは誤算で、食べずにそっくり残しました(苦笑)

20091011no005

 座席背面のテーブルがなく、肘掛に収納された小テーブルを出すしかない欠陥車両E351系での食事というのもなんですが、中央線での駅弁で何が興を殺がれるかというと、駅弁を食べ終わり、ビール一缶飲み終わってもまだ東京都を出ていない事実そのものかも・・・

20091011no008

 アルウィンはもう3回目だし、松本城も2007年に行ったばかりなので、今回は松本へ直行せずに上諏訪で途中下車。

20091011no018

高島城は上諏訪駅から南西へ徒歩10分ほど。もともとは諏訪湖に突き出した水城で「諏訪の浮城」と呼ばれていましたが、江戸期になって諏訪湖の干拓が進んだため、今では住宅地の中にぽつんと建っているような按配。

天守は望楼型の三重五階。鉄筋コンクリート作りながら、幸い古写真が残っていたのでそこそこのレベルで復元されている(最大の違いは屋根が杮葺ではなく、銅板葺なこと)はずですが、なぜか「百名城」には選出されず。桜で有名な高遠城に負けた格好?

20091011no025

天守最上階に登ると一応諏訪湖が見えることは見えますが、今や「浮城」の片鱗もなし。

20091011no015

20091011no013

櫓門や隅櫓、塀も復元。

高島城は1592年から98年にかけて日根野高吉が築城。湖のほとりに城を築いたのはいいのですが、かなり地盤が悪かったそうで木材を筏状に組んでその上に石垣を積む等独特の工夫をこらしたとのこと。ただ築城には相応地元民に負担をかけた模様。

20091011no020_2

二の丸、三の丸は住宅地になってしまい、残るのは本丸のみ。その本丸も大部分は公園になっています。

ちなみに日根野氏の後には、一時武田氏に滅ぼされた諏訪氏が復権して堂々高島藩に入府。わずか3万石前後の小藩ですが、そのまま無事明治維新まで存続しました。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009.09.17

新潟L@長岡2009(下)

新潟L@長岡2009(中)から続く)

20090905no003

20090905no054

国体が開催されると同時に、NHK大河ドラマの舞台にもなって、観光的には「盆と正月がいっぺんにやって来た」風の新潟。どちらも一過性なので、実は別々にやって来たほうが観光的にはありがたいはずなんですが・・・

長岡 17:07 (Maxとき338号 E446-17) 18:34 大宮

20090905no059

帰りは駅弁を買って見ました。

20090905no063

長岡はちょっと前までは駅弁の激戦地として有名で「野本弁当店」「長岡浩養軒」「池田屋」の3軒が覇を競っていました。しかし、不運にも中越地震以後、野本弁当店が長期休業となり(その後廃業)、さらに2009年7月には長岡浩養軒が自主廃業し、現在は池田屋が残るのみ。北越急行「ほくほく線」が出来て、上越新幹線から北陸方面在来線への乗換駅が長岡から越後湯沢へ移り、長岡での乗り換え客が激減しましたから、地震がなくても遅かれ早かれ駅弁業者の淘汰は避けられなかったと思いますが・・・

 長岡駅の改札口はいつの間にか小奇麗に改装されていましたが、独立した駅弁売り場はなくなってしまい、NEWDAYSの一角で池田屋の「牛めし(840円)」を購入。駅弁売り場が寂しくなったせいか、富山の「ますのすし」も並んでいました。

20090905no076

 新潟の牛肉なんて聞いたことがないなぁと思ったのですが、小千谷の闘牛にちなんだものでしたか・・・ 唐辛子が小袋でついてくるのは駅弁では珍しいかも。

20090905no070

 牛肉一本で勝負というわけではなく、きんぴらゴボウも相当に混じっている他、糸こんにゃくも混じっています。全体にやや甘めの味付けということもあってなんとなくすき焼き風ではありますが、残念ながら肉がぱさついていて食感があまりよろしくありません。肉がイマイチなのを唐辛子のピリ辛でごまかしている感じ。

 840円と今時の駅弁としては安いのは評価できますが、加点ポイントはそこだけかなぁ・・・米沢の実力を改めて思い知らされた次第。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.09.16

新潟L@長岡2009(中)

新潟L@長岡2009(上)から続く)

20090905no020

・スタジアムへはバスもそこそこ出ていますが、運動を兼ねて歩いてみました。長岡駅から大手通りを抜けてスタジアムまで30分強。

20090905no022

・スタジアムは信濃川の川向こうにあります。まだ中流といって差し支えないあたりかと思いますが、さすがは日本一の大河。渡りきるのも楽ではありません。対岸に見える大きな建物は長岡赤十字病院。大病院を郊外に建てて、市街中心部の空洞化に拍車をかけるというありがちなパターン・・・・

20090905no025

・橋を渡りきると待ち構えるのはジャスコ。いずこも同じ風景ですが、スタジアムのすぐ傍にあるのでサッカー観戦には何かと便利。

20090905no029

・長岡市陸上競技場は意外に立派!芝生席での観戦を強いられるものと思い込んでいましたが、なんとメインスタンドを開放!ピッチの縦幅一杯ぐらいの大きさで高さも十分あり、これなら有料も納得。鴻巣の芝生席で金を取る浦和も見習って欲しいですわ。観客は900人弱で、ちょうど良いキャパ。

20090905no031

・この日は人権クン?が登場。

20090905no040

・バックスタンドはさすがに芝生席ですが、信濃川の土手を兼ねているためか遠目には非常に広々して見え、しかも高さもそこそこ。上下2段に分かれていて、真ん中に通路。ダンマクが最下段の手すりと上段後方に貼られていますが、スタジアムっぽくない妙な遠近感がなんだかなぁ・・・

20090905no041

 試合前練習の後ボールが一個なくなってしまい、こず様以下懸命の捜索。バックスタンド下に転がっていたのが見つかって事なきを得ましたが、トップチームではまず見かけない光景で、浦和といえどもボール一個が大切な状況なんでしょう。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2009.09.15

新潟L@長岡2009(上)

トップチームが負けに負けて、その気分転換を兼ねてというわけでもないのですが、レディースのアウェー新潟戦に行ってきました(「観戦記」は先日アップ済み)。

20090905no058

大宮 9:54 (Maxとき315号 E446-17) 11:07 長岡

週末西日本3連戦で疲れ気味なので、久しぶりに遅めの出立です。

20090905no004

長岡に来たら何と言っても「へぎそば」が楽しみ。小千谷や十日町といった魚沼地方が発祥と言われていますが、その近隣の長岡にも「へぎそば」で有名な店がいくつかあります。訪れたのは「越後長岡小嶋屋本店」。ちなみに新潟には「小嶋屋」を名乗る店舗がいくつもありますが、どういう関係なのか、あるいは味わいに差異があるのかは仔細不明。

へぎそばって大勢で「へぎ」をつつくのが前提で、最小ロットは2人前だと思っていたのですが、ここは珍しく1人前がありました。一人客が多いであろう駅構内の店なら判らないでもありませんが、こういうご立派な店でも1人前があることにびっくり。野菜天へぎ(1365円)を注文。

20090905no012

つなぎに布海苔(ふのり)という海藻を使っているので、蕎麦がちょっと緑がかっているのが特徴。

20090905no015

本来は四角い器(=「へぎ」)の中に一口サイズに丸められた蕎麦が綺麗に並んでいるはずですが、一人前だとそうはいかないようです・・・

20090905no009

 店にはあとから三々五々客がやってきましたが、家族連れや小グループの他、思いのほか予約客が結構いました。

 麺は細め。へぎそばらしいつるつるした食感で、しかも噛むと細麺にも関わらず相応の弾力があります。 汁は「枕崎の厳選した”本枯れ節厚削り”と"羅臼昆布”だけでスッキリとした上品な風味に仕立てました」とのことですが鰹が強めかなぁ・・・しかもやや甘め。蕎麦湯を楽しむにはやや薄めに感じました。

20090905no018

試合時間までに若干間があったので「山本五十六記念館」へ。

のちに連合艦隊司令長官になった山本五十六の生涯を数々の遺品と共に振り返るという内容で、軍政家として、そして連合艦隊司令長官としての手腕・事跡を事細かく検証したものではありません。パプアニューギニア政府の厚意で、ブーゲンビル島に眠っていた長官搭乗機の左翼や座席を譲り受けて展示してあるのが目玉。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2009.09.10

神戸2009(下)

(神戸2009(上)から続く)

20090830no001

三ノ宮 6:10 (704K サハ223-2076) 8:25 米原

傷心を引きづったまま、鈍行でとぼとぼ帰京。

20090830no002

朝飯は米原で駅そばでも食べるかと思ったのですが、8時半近いというのに5・6番ホーム上の駅そば屋は開店準備中。そもそも駅そば屋自体が小さくなったような(昔は売店を併設していたような・・・)気がします。米原駅もすっかり変わってしまって駅構内には売店がなく、やむなく7・8番ホーム上の売店でたった2種類しかない中から「牛肉弁当(950円 井筒屋)」を購入。

20090830no005

湖北の名所をイラストで記したパッケージから想像できるように、非常に素寒貧とした内容。「牛肉」の一点豪華主義ですが、その肉は当然近江牛であろうはずがなく、実に噛み応えのある肉でした(苦笑)。茎ワカメ、ポテトサラダ、だし巻き卵などがおまけについていますが、困った時じゃないとこんなもん買わんやろうなぁ・・・

米原 8:45 (5108F サハ313-6) 10:48 豊橋

20090830no016

豊橋 11:06 (944M クハ310-12) 12:06 掛川

神戸に勝てば帰りは浜松で鰻にするつもりだったのですが、負けたので先を急ぎます。

掛川 12:17 (778M クハ312-5013) 12:35 島田
島田 12:43 (780M クモハ211-5013) 14:14 三島

20090830no021

とはいえ腹は減るので三島で駅そば屋へ。

20090830no020

天ぷらそば、わずか320円。こんな値段で出される品に文句をつけるのが野暮というもの。

20090830no019

でも、いざ食ってみるともう少々値上げしていいからかき揚げはなんとかならんのかと思います・・・わずかな小エビが全て・・・

三島 14:29 (1454M クハ210-5027) 14:43 熱海
熱海 14:50 (866M モハE231-1579) 15:19 国府津
国府津 15:33 (2720E サロE230-1062) 17:04 赤羽

20090830no023

これだけ負けると帰り道が辛い。最後はグリーン車を奢ってヤケ酒一直線。ああ、体に悪い・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.09.09

神戸2009(上)~もっこす@大倉山

20090829no001

東京 6:34 (325M モハE230-3570) 8:42 沼津
沼津 8:56 (751M クハ210-5031) 10:19 島田
島田 10:29 (753M モハ210-5038) 11:13 浜松

 行きの電車は2週間前の万博とほぼ同じなので、電車の写真は割愛。

20090829no008

 またしても浜松で昼食。今度は駅構内の寿司屋「沼津港魚がし」で満腹セット(1580円)。

20090829no005

デカネタが売りの店なんでしょうか・・・まぁそれなりに満足しましたが、新潟で食った寿司屋のほうが美味かったなぁ・・・

20090829no010

 とはいえ板前さんも競争に晒されて大変です。

浜松 11:46 (943M モハ210-5060) 12:19 豊橋
豊橋 12:25 (2321F サハ313-9) 13:45 大垣
大垣 14:10 (231F モハ117-45) 14:47 米原
米原 14:52 (3479M モハ222-2009) 16:37 三ノ宮

20090829no012

投宿してホムスタヘ向かう前に、神戸を代表するラーメン屋「もっこす」に立ち寄り。

 神戸市地下鉄大倉山駅下車すぐ。実際はJR神戸駅から湊川神社の横を北進して行きました。北へ向かうとすぐに坂になってしまうのはいかにも神戸。

20090829no022

 外観ならなんとなく想像できる通り、小奇麗とは言いがたい店で、床が脂でつるつるしています。店内は8人掛けくらいの大きなテーブルが3卓。学生のグループ客と思われる先客が5名。厨房には店主と思しきオヤジが一人と若者が3名(うち女性が一人)。接客に出てきた若者は外国人なのか、物言いがつっけんどんであまりいい気はしません。「中華そば(700円)」を注文したところ、「それだけかい?」と言いたげな感じ。

20090829no014

 水は最初の一杯だけはサーブしてくれますが、後はテーブルに大きな水タンクが置いてあるので各自そこで。

20090829no016

 チャーシューメンを頼んだわけではないのに、丼に所狭しととチャーシューが。

20090829no018

 スープは豚骨ベースの醤油味なんでしょうが、豚骨臭はほとんどしません。表面にべったりと脂が浮いていてこってり感はそかなりのものがありますが、かえしが強くないこともあって味そのものは割と淡白。たぶん卓上に置いてあるニンニクチップ等で客が好みに応じて味を調節して食べることを前提にしているのでしょう。

20090829no019

 麺は極細ストレート。博多ラーメンみたいな少しざらつきがある食感でしたが堅さは並。スープの絡みは良好。意外にもそこそこ量があり、しかも食べ終わるまでへなへなになることもなく、そこそこの堅さを保っていました。

 大量の刻みネギが目立ちますが、その下にモヤシも隠れていて、随分と野菜を食ったような気になります。一方薄いバラ肉チャーシューは量が多いだけでこれといった特徴がなく、こんなにたくさん要らんわなぁというのが正直なところ。

 屋号は熊本をイメージさせますが、ラーメンそのものは熊本の影響は皆無。「第一旭」同様、京都の影響を強く感じましたが、京都にありがちな「柔麺」ではなかったのは個人的には救いでした。

 後客1だけかなと思ったら、なにかの試合帰りなのか自家用車で引率の先生が5人ほどの生徒と一緒にやってきました。先生が大仁田厚そっくりだったのはともかく(笑)、店の前のさほど広くもない一方通行の道路に路駐って、それはありなのかなぁ・・・

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009.09.08

広島2009弐-(7・完):「電光石火」@広島

広島2009弐-(6)から続く)

小用 12:45 (ファーストビーチ)  13:11 宇品
広島港 13:15 (広島電鉄 761) 13:44 広島駅

20090823no149

広島に来て粉もんゼロっちゅーのも何なんで、遅い昼飯はお好み焼きに。何時の間にか広島駅前に出来た「駅前ひろば」という「お好み村」と同じようなコンセプトのお好み焼き屋の集合体へ突入。もっとも「お好み村」と違ってお好み焼き屋が何フロアも店舗展開しているわけではなく、6Fの1フロアのみ。

なんか来たことあるロケーションだなと思ったんですが、もともとダイエーがあった場所ですね、確か。再開発が進んで福屋ができ、この辺りもだいぶ景観が変わりました。

20090823no145

フロア内は「1960〜70年代の屋台を再現」っちゅー感じの内装。どこに入るか目移りしてしまいますが、店によって相当流行り廃りがあって、ほぼ満席の店がある一方、誰も座ってない、あるいは明らかにその一人客は家族やんっちゅー店もあったり・・・

20090823no143

で、「ひろば」の端っこに出店していた「電光石火」という店が流行っているみたいだったので、そこへ入店。上写真だとガラーンとしていますが、赤者のグループ客が立ち去った後です(笑) 入店した時は赤者とは思わなかったのですが、話聞いてたら全員赤者(笑) アシスタントの方が熱心はサンフレファンで、埼スタにも行ったとかなんとか。

店主は弱冠26歳。その年にして一国一城の主とは偉い!

20090823no131

うーん、なんか高いなあ・・・ なんだかよく判らんけど、屋号でもある「電光石火(1050円)」を注文。あとでメニューを裏返したら、フツーの肉そば玉とかの安いメニューもちゃんとあってちょっと後悔・・・

20090823no137

ねぎがテンコ盛りになって出てきました。

ここのお好み焼きは随分と柔らかくてふっくらしています。例えは妙かもしれませんが、パンツ履いた幼児の尻みたいな感じ。

20090823no141

ボリュームも見た目以上に多い気がしましたが、その大半はそば。粉もんというよりは、限りなくキャベツの多い焼きそばといったほうがいいような感じ。肉やいかは底のほうで焦げて固まってしまいました。大葉ってなんだろうと思ったのですが、青紫蘇でしたか・・・紫蘇嫌いなんだよ(´・ω・`) ショボーン

オタフクソースをちびちびかけながら完食。マヨネーズは置いてありませんでした。

まぁ総じて悪くは無いけど、再訪はないだろうなぁ・・・

広島駅 15:00 (広島バス)  15:45 広島空港
広島空港 17:00 (ANA682 777-300)  18:25 羽田空港

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.09.07

広島2009弐-(6):旧海軍兵学校(下)

広島2009弐-(5)から続く)

20090823no054

大講堂。鉄骨煉瓦石造で1917年(大正6年)に兵学校生徒の入校式、卒業式また精神教育の場として建築。米軍占領時には教会として利用されていたとのこと。

20090823no069

近々式典があるとのことで、椅子がずらっと並べられていました。

大講堂は音響効果が抜群でどんな人でも歌が上手く聞こえるとのこと。「海ゆかば」を朗々と歌って実証してみせるガイド(笑)

20090823no073

壇上とまでは行きませんが、その手前の階段に登らせてもらってしばし撮影タイム。

20090823no089

幹部候補生学校庁舎(旧海軍兵学校生徒館)。通称赤レンガ。1893年(明治26年)に海軍兵学校生徒館としてその生活、教育のため建築。来年NHKで放映されるドラマ「坂の上の雲」のロケでも利用されたそうです。

もっとも後に日露戦争で大活躍した作戦参謀秋山真之が海軍兵学校で学んでいた頃(1886~1890年)にはまだ「赤レンガ」はなかったので、「放映されたら電凸してやる!」と息巻くガイド(笑)

20090823no092

レンガはイギリスからの輸入物。「日本産のレンガとは肌のすべが違うのだ!」と、実際に庁舎のレンガと、近くにある日本産のレンガ造りの小屋とを見学者に触らせてながら説得力のある説明を弄するのは良いものの、一歩間違えるとセクハラに転落しかねないガイド(笑)

20090823no096

保存状態が良いというか、管理が行き届いているというか、自然光で光り輝いているように見えるレンガってそうそうありません。これに比べると「東京駅のレンガは汚い!!!」とガイドが声を荒げるのは無理もありません。お見合い写真のバックになってもよさげな感じ。

20090823no097

教育参考館。ギリシャ神殿風の鉄筋コンクリート造の2階建てで、兵学校卒業生の積立金及び一般企業等の寄付をもって、昭和11年(1936)に建築。ここで40分ほど見学。

旧海軍以来の伝統を継いでいるので、日露戦争旅順港閉塞作戦で戦死した軍神広瀬武夫中佐の資料や、初期の潜水艦開発中の事故で殉職した佐久間勉大尉の遺書、さらに特攻隊員の遺書等々見所が豊富。2Fだけだと思ってのんびり回っていたら1Fにも展示室があり、40分では全然時間が足りませんでした。残念。

20090823no105

教育参考館の傍にあった特殊潜航艇。

20090823no100

同じく教育資料館傍にあった特攻兵器「海竜」。こちらは幸いにも実戦投入されず。

20090823no090

遠くに戦艦陸奥の主砲(主砲第4砲塔)が見えました。戦時中(1943年)に謎の爆沈を遂げた陸奥の主砲を引き上げて展示しているのかと思ったのですが、その前(1936年)の改装時に取り外された主砲を教材として展示してある模様。

構内に残る戦前からの建造物でも「水交館」「高松宮記念館(旧高松宮邸)」「理化学講堂」といった辺りは見学できず。見学時間が約2時間とゆったりしている割には、実際に見学できるところが少なかったのは意外でしたが、無料でガイドの漫談が堪能できたので良しとしましょう。

離れ小島で、広島からでも半日がかりなのが困り者ですが、機会があればまた来ようと思います。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2009.09.04

広島2009弐-(5):旧海軍兵学校(上)

広島2009弐-(4)から続く)

試合の翌日は、広島市の南海上に浮かぶ江田島にある「旧海軍兵学校(現在は「海上自衛隊第1術科学校・幹部候補生学校」)」へ行って来ました。

20090823no007

広島駅 7:12 (広島電鉄 801) 7:40 広島港

20090823no010

20090823no014

広島港を利用するのは初めて。松山など瀬戸内海沿岸の大都市へフェリーが出ている他、周辺の小さな島々へも船が頻繁に出ているためか、ちょっとしたバスターミナルと変わらない様相。

宇品 8:05 (ファーストビーチ) 8:27 小用

20090823no019

20090823no021

江田島はYの字型をしたそこそこ大きな島で、島内にはいくつも港がありますが、右枝部外側にある「小用(こよう)港」行きの高速船に乗船。

20090823no115

20090823no040

「旧海軍兵学校」は右枝内側にあります。バスで5分ほどらしいのですが、少々時間を持て余したこともあって右枝を歩いて横断。その間2kmもないと思いますが、いかんせん瀬戸内の島なんですぐに坂になってしまいます。坂の途中のセブンイレブンがあって、こんな島にもコンビニがあるんか!と妙に感動。

20090823no113

ふるさと交流館。

旧海軍兵学校は規律が非常に厳しいところでしたが、外出日の休養の場として生徒に開放された民間の「生徒倶楽部」というものが江田島には多く存在したそうです。

「ふるさと交流館」はその民家のひとつ「橋中生徒倶楽部」の面影を残しながら、海上自衛隊第1術科学校見学者の休憩所や町民の憩いの場として利用していただくために新築したものとのこと。

実際見学受付が始まるまで、ただで麦茶をいただきながらゆっくり過ごさせていただきました。2Fがささやかながら兵学校関連に資料室になっていました。

20090823no051

この日の見学時間(第一回)は10:00スタート。9:30に受付開始で、その後しばし待合室でダラダラ。

待合室にはPR用のビデオが流れていますが、幹部候補生学校の訓練はめちゃきつそう。そして旧海軍の伝統を汲んでいるせいか服装には無茶苦茶というか理不尽なくらいにうるさいのだ!

20090823no060

まぁこのガイドのオッサンが実にしゃべり好きで、見学時間の半分はオッサンの漫談を聞いているようなもの。

若い男性には海上自衛隊入隊を勧め(笑)、若い女性には海上自衛官との結婚を勧め(笑)といった辺りはお約束みたいなもんですが、親父にまだ威厳があって、怖くて頑固だった時代の生き証人みたいな方で大変楽しませていただきました。本来見学時間1時間半のところ、漫談が昂じて結局2時間近くに及んでしまいましたが(笑)

ちなみに右にいる白い制服姿は当学校で勉学中の生徒。見学者がバラバラにならないように案内するのが本来の役目ですが、ガイドの漫談中はもっぱらいじられ役に。まぁガイドから見れば「最近の若者はなっとらん!!!」ということなんでしょうが(苦笑)

20090823no063

見学は終始団体行動。勝手に歩き回るわけにはいきません。

20090823no067

学校内には防風林を兼ねた松が目立ちますが、いずれも真っ直ぐ伸びています。ガイドの弁によると毎日「気をつけ!」「気をつけ!」と号令を聞かされているのでまっすぐ伸びてしまうらしい(笑) といっても、やっぱり中には斜めに伸びる奴もいるそうですが。

| | コメント (5) | トラックバック (1)

2009.09.03

広島2009弐-(4):スタジアムの風景

広島2009弐-(3)から続く)

大町 17:20 (アストラムライン 6106) 17:39 広域公園前

20090822no149

いつもはスタジアムに到着するとすぐにビジターエリアに行ってしまうのですが、この日は久しぶりにメインスタンドでの観戦だったので、その周辺をじっくりと観察してみました。

広島もメインスタンド・ホーム寄りに屋台村を設けています。屋台の数はそこそこあるみたいですが、大分と比べるとやや地方色が薄いのが残念。

20090822no148

キックオフまでもう1時間もないというのに限定ものが余っているっちゅーのもなんだかなぁ・・・ なお「冷汁」ってマイナーながら埼玉県の名物のはずだけど、それを知っての出店なのかなぁ・・・

20090822no147

広島の2大看板。森崎兄弟は長期欠場が祟って、看板の座からも降板か・・・

20090822no171

座った席の前はマツダのスポンサー用シート。赤者にぐるっと囲まれて不憫ではありましたが、赤者が沸き立つ場面はほとんどありませんでしたから、大過はなかったかと。試合終了までいない人も少なくありませんでしたし・・・

20090822no156

20090822no157

広島の応援の練習。以前と同じものをまたやっていました。

コールは専ら口伝で、しかも往々にしてオリジナルとは違うものが広まってしまう浦和では考えられないコアサポを巻き込んでの「応援練習」ですが、広島の観客は一見さんが少なくない(特に浦和戦の場合)ためか、一見さんの敷居を下げる努力が欠かせないのでしょう。

20090822no161

この日の鹵獲品。「金のサイ」→「来んさい」orz

20090822no162

|-`).。oO 今の浦和に最も縁遠いもの・・・・

20090822no168

試合前練習入場時に選手とハイタッチ、っちゅーサービスなんでしょうが、もの凄い人数でピッチの中まで入っとるやん・・・

20090822no174

試合開始前には地元の方と思われるブラズバンドが一興を添えるという試みなんでしょうが、浦和戦でそういうのは意味が無いっちゅーのをなかなかご理解いただけないようで・・・案の定全部コールにかき消されてしまいました。普段の試合ならスタジアム中に鳴り響くのかもしれませんが・・・

ビッグアーチ  (広電バス)   横川
横川 21:30 (826M モハ114-3005) 21:34 広島

帰りは横川駅直行バスに乗ってみました。点差はわずか1ながら、内容的には惨敗。ロスタイムに追いつく雰囲気もあまりしなかったせいか、試合終了直後にスタジアムを出たにも関わらず先客が思いのほか多くて乗車まで10分強ほど待たされました。九石ドームと比べるとバス乗り場の手際も良くないような・・・

それでも乗ってしまえば渋滞皆無で横川駅まで約20分。アストラムラインでぐるっと山を迂回するよりは断然早く、これはお勧めです。

| | コメント (5) | トラックバック (1)

2009.09.02

広島2009弐-(3):「しまい」@大町

広島2009弐-(2):鞆の浦(下)から続く)

鞆の浦 14:10 (鞆鉄バス)  14:40 福山
福山 15:00 (中国バス)  16:27 中筋

20090822no128

あんまり鞆の浦でのんびりしていると試合があることを忘れてしまいそうなので、ぼちぼち広島へ。地方の都市間移動はもはや高速バスが当たり前ですなぁ・・・

20090822no131

ハイデッカー車でもともと観光用だったバスの転用なんでしょうが、こういうのはあんまりといえばあんまり・・・組み込み式になっていて撤去もできないんでしょうか?

中筋 16:37 (アストラムライン 6208) 16:40 大町

20090822no135

中筋駅って広島空港からまっすぐビッグアーチへ向かう人には馴染む深い駅だと思うけど、JR可部線とアストラムラインの乗換駅である大町駅(広島駅から来る人はご存知でそう)で降りたことのある人って滅多にいないかも。ワシも今回が初めて。

20090822no138

大町でわざわざ下車したのはラーメン屋巡り(^^;

「しまい」は先般往訪した「すずめ」等と共に広島ラーメンの老舗中の老舗。もともとは市街中心部に近い舟入にあったそうですが、なにゆえに郊外に移転したのか、よそ者には全く判らず。もっとも郊外店なのに店の構えは下町そのものの趣き。

20090822no139

夕食にはまだ早い時間なので先客ゼロ。その後家族連れが4~5人やってきてなんとか格好はつきましたが。店内は随分とゆったりしているというか、スペースがふんだんにあるのになぜか2人掛けのテーブルをポツンポツンと置いているという不思議なレイアウト。舟入時代の店が狭くて、その時のテーブルをそのまま使っているのかもしれません。

「中華そば(550円)」を注文。厨房内は老夫婦がいるだけ。「すずめ」ほど極端ではありませんが、やはりメニューは多くはありません。

20090822no140

あっという間にでてきました。レンゲがついて来ないのが特徴。

スープは豚骨醤油ベースですが、豚骨臭はほとんどしませんし、かえしの醤油もそんなに強くはないので、見た目よりはかなりあっさりした感じ。

20090822no143

麺は細麺ストレートでやや柔らか目。量は少なめ。

具は細もやしと刻みネギ、そして脂分のほとんどない薄いチャーシューといったシンプルな構成。

「すずめ」同様飲んだ後の一杯に最適といった印象ですが、郊外でもそういうラーメンが成り立つというのが不思議。もうちょっとがっつり食いたい層はどうしているのかなぁ?

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2009.09.01

広島2009弐-(2):鞆の浦(下)

広島2009弐-(1)鞆の浦(上)から続く)

20090822no032

鞆の浦は一応漁港なんですが、規模が大きいわけではないのでそこら中で海産物を売っていたり、寿司屋や海鮮料理屋が軒を連ねているというわけでもない(っちゅーか、そういうのがゴロゴロあったら景観もへったくれもないですわな・・・)ので、観光地の割には食事処が少ないのが難。

そこでネットで調べて評判よさげな「千とせ」に入ってみました。開店してまもない時間帯の入店でしたが、あっという間に1階は満席に。夏休みなので子供連れが目立ちました。

20090822no036

鯛料理をごてごてと並べた「ナントカ定食」がお勧めっぽかったのですが、ここはシンプルに「鯛めし(1050円)」を注文。わっぱかお櫃で出て来るものと勝手に想像していたところ、随分と大きな丼で出て来たのには意表を突かれました。

20090822no042

ごわごわ、ぱさぱさとした食感で、しかも全体に超薄味。たぶんこれってナントカ定食のご飯として供するのを前提としているんじゃないかなぁ・・・煮魚とかと合わせて食べてもOKみたいな・・・

細かくほぐされた鯛の身はそこそこ美味で、その一瞬だけご飯も美味しく食べられましたが、如何せんその量は少ないので漬物やお吸い物で塩分を補給しながらなんとか完食。「鯛めし」を単品で頼むのは無謀だという結論に。もっともその教訓を生かす機会はもうないと思いますが・・・

20090822no108_2

狭い鞆の浦を歩いていると「保命酒」の看板をやたら見かけます。字面から容易に想像できるように要は「薬酒」。中国産の生薬十六種を浸け込んで造られいて、正式名称は「十六味地黄保命酒」。

20090822no064

福山藩の保護を受けて鞆の浦の特産品として全国的にその名が知られていたそうなんですが、今日同じような薬酒である「養命酒」に知名度で大きく差を付けられたのは何が原因なんでしょう???

20090822no121

「保命酒」の看板をやたら見かけるのは、狭い町なのに「保命酒」のメーカーが4社(岡本亀太郎本店、入江豊三郎本店、八田保命酒舗、保命酒屋 鞆酒造)もあってそれぞれが店と工場を構えているため。

かたや「養命酒酒造」は東証1部上場で規模の差は圧倒的。

20090822no110

「ミツボシ保命酒」を生産・販売している岡本亀太郎本店でちょっと試飲させてもらいましたが、超甘ったるくてこれは勘弁・・・ 杏子酒や梅酒ベースのほうがまだ飲みやすいかなぁ・・・

20090822no020

20090822no021

鞆の浦の見所としてガイドブック等によく取り上げられている「太田家住宅」も元は福山藩の御用名酒屋を務めた保命酒の蔵元「中村家」の屋敷で、敷地内には保命酒蔵も。建物群の一部が重要文化財の指定を受けています。

なお幕末の「七卿落ち(=尊皇攘夷派の三条実美ら7人の公卿が公武合体派によって京都から追放)」で長州に逃亡する際、ここで宿泊したとのこと。見方を変えれば幕末時にはまだ鞆がそれなりに交通の要衝として機能していたということなんでしょう。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2009.08.31

広島2009弐-(1):鞆の浦(上)

羽田空港 6:55 (ANA671 747-400) 8:15 広島空港
広島空港 8:45 (中国バス) 9:42 福山

20090822no054

福山 10:15 (鞆鉄バス) 10:45 鞆の浦

アウェー広島戦の前に、景勝地であり、かつ昔の港の風景が良く残っていることで知られる鞆の浦(とものうら)に行って来ました。鞆の浦は広島県最東端の福山市から瀬戸内海へ突き出た沼隈半島南端にある港町です。

20090822no102

鞆の浦は古代より「潮待ちの港」として知られていたところで、江戸期までは瀬戸内海を代表する港町として栄えていました。室町幕府15代将軍足利義昭が織田信長により京都を追放された後に鞆に居を構えていたり、江戸期には朝鮮通信使の寄航地にも度々指定されていたりします。ところが航法技術の進歩で鞆の浦に寄航する必要がなくなると、山陽道から遠く外れた山がちな半島の先端という地理的悪条件も相まって鞆の浦は劇的に衰退したようです。

20090822no080

ただ近代以降中途半端に発展しなかったのが幸いして、昔ながらの姿を留めている全国的に珍しい港町として知られるようになりました(江戸時代の港湾施設である「常夜燈」、「雁木」、「波止場」、「焚場」、「船番所」が全て揃って残っているのは全国でも鞆港のみとのこと)。もちろん周囲の景観も昔そのまま。

20090822no023

なお鞆の浦は宮崎駿監督が「崖の上のポニョ」の着想を得たところと言われていますが、鞆の浦が舞台そのものではないせいか、「ポニョ」に絡めて鞆の浦を売り出す姿勢は半身っぽい感じでした。

20090822no026

手前に見える白い蔵は「いろは丸展示館」。龍馬や海援隊が搭乗していた「いろは丸(=伊予大洲藩から亀山社中がレンタル)」が鞆の浦沖で紀州藩の艦船と衝突・沈没。鞆の浦はその後龍馬らと紀州藩との損害賠償交渉の舞台となりました。

その件は「龍馬がゆく」でだらだら書かれていたけれども甚だ退屈で読み飛ばしたからなぁ・・・

20090822no009

鞆の浦南東端の高台に建つ福禅寺。創建は平安時代の950年頃と伝えられ、 現在の本堂と隣接する客殿(対潮楼)は江戸時代の1690年頃に建立。江戸時代を通じて朝鮮通信使のための迎賓館として使用されたとのこと。

20090822no010

1711年に従事官の李邦彦が客殿からの眺望を「日東第一形勝(朝鮮より東で一番美しい景勝地という意)」と賞賛したとのこと。でも瀬戸内海なら何処にもあるような風景で外交上のリップサービスじゃないかと思うんですが・・・

20090822no012_2

弁天堂が建つ弁天島。そしてその背後にある仙酔島。共に鞆の浦と一対を成して景観美を形成しています。 仙酔島は海水浴・散策・キャンプを楽しむ方々が多く訪れる他、宿泊施設もあり、福禅寺前から頻繁に渡船が出ています。

20090822no058

大可島城跡に建つ円福寺。港の入り口を固めるような場所に建っていますが、それもそのはずでもともとは島。港の奥に鞆城が築かれた際に埋め立てられて陸続きになったとのこと。

鞆の浦は港からちょっと外れるとすぐに高台になってしまう山がちなところですが、その高台の至るところに寺、寺、寺! この辺りがかつての繁栄の名残なのかも・・・

港町で、坂だらけで、お寺が多くて、そこら中に猫がいるといったあたりは尾道と似ています。もちろん町の規模は全然違いますが、どちらも斜陽の町であるあたりもそっくり・・・

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2009.08.26

万博2009(下)

万博2009(中)から続く)

20090816no001

・全くテンションが上がらないまま茨木駅を出立。負けたあくる日のアウェーの朝はいつもけだるいものです。

20090816no002

・朝食は茨木駅内のうどん屋で「カレーそば(360円)」。天かすがタダという関西ならではのサービスは未だ健在。

茨木 7:19 (120B クモハ321-11) 7:26 高槻

20090816no005

20090816no007_2

行きも帰りも電車は似たようなものなので、その辺の話は割愛。メモ代わりに写真を載せるに留めておきます。

高槻 7:31 (3200M サハ223-2209) 8:39 米原
米原 8:45 (5108F サハ313-6) 10:48 豊橋

20090816no010

豊橋 11:06 (944M クモハ311-12) 11:39 浜松

20090816no012

20090816no014

・帰りも浜松で昼食。試合に勝っていれば鰻でも食べるつもりでしたが、内容&結果とも芳しくない試合で凹みの極に達してしまい、目に入ったラーメン屋で済ませることに。札幌らーめんのコーナーで「味噌野菜らーめん(800円)」を注文。

・ なぜかやたら丼が浅いのはともかく、出汁に手を抜いているのが丸わかりでコクがなく、味噌に頼りきりなのが丸わかりでがっかり。仕方なく七味をぶちかけて食べるも、麺はなぜか細麺。茹で時間の節約としか思えないですな・・・ 野菜炒めをスーパーで3袋束で売っているような味噌ラーメンの上にのせて、札幌ラーメンを称するんじゃねぇ( ゚Д゚)ゴルァ

浜松 12:11 (782M モハ313-2603) 12:54 島田

20090816no017

島田 13:23 (436M モハ313-2506) 15:50 熱海

20090816no018

熱海 15:32 (876M サロE231-1080) 17:27 東京

20090816no019

・最後はグリーン車を奢って見ました。もちろん2階に陣取り。右手に青く輝く相模湾を見ながらビールで一杯やりながら帰るっちゅーのも乙なものですが、海水浴帰りと重なってグリーン車も始発から混雑。テンションが高そうな若者も帰りは大抵寝てしまうので多少混んでても別に構わないんですが、 やんちゃ盛りの子供まで乗ってくるのはさすがにどうかと・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.08.25

万博2009(中)

万博2009(上)から続く)

20090815no030_2

20090815no032

・今回は万博まで歩いてみました(このルートは一度歩いたことがあります)。JR茨木駅から万博までシャトルバスが出ていますが、本数も少なそうだし、バスもあまり混んでなさそう。それより思った以上に茨木駅でレンタサイクルを借りて万博へ向かう赤者が多いようで、帰りはそそくさと4、5人まとまって坂を駆け下りる赤者の姿もって、どこの駒場の光景やねん(苦笑)

20090815no033

・メインスタンド前・ビジター側にも屋台が出ていたけど、前からあったっけ?万博の食事情の悪さはJ1屈指だったけど、多少改善しようとしているのかなぁ・・・茨木で餃子食ったばかりだから今日は要らんけど。

20090815no034

・今回はスタジアムに着くのが遅いのを見越してSS席をおごってみましたが、SS席でもベンチシートってありえないわなぁ・・・ 新スタジアムが待たれるとことですあ、その話も思うようにスポンサーが集まらずに結局巨額の寄付金頼みってそりゃないわなぁ・・・ しかも場所だけはエキスポランドに決まっているものだと思っていたら、それすら未定の様子。なんだかこのままフェードアウトの予感・・・パナソニックの業績回復待ちかなぁ・・・

20090815no035

・要するに「チーム状態が良くない、うまくいっていない」という話を明神がインタビューに応じてボソボソ、訥々と答える。なんで試合前にテンション下がりそうな話をスタジアムで流すんだろう???

20090815no046

・試合前の練習見学サービスかと思ったら・・・・

20090815no050

・試合が始まってもそのまま居たのにはびっくり!マツダスタジアムでやっている「砂かぶり席」みたいなサービスなんでしょうか・・・

20090815no047

「ネーチャン、キタコレ!!!」ってテンションを上げまくったのはいいんですが、クォリティーで神戸に遠く及ばないどころか、「そのまま吉本に行ったらどうや?」っちゅー感じで(´・ω・`) ショボーン

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009.08.24

万博2009(上)

東京 6:34 (325M クハE230-8044) 8:42 沼津

20090815no001

・今回の大阪遠征は18きっぷで単純往復。節約というのもありますが、クソ暑い関西で観光する気なんて全く起きないので、多少なりとも冷房が効いている電車内で一日過ごそうというのが一大動機だったりするのがさもしい男、さもじろう・・・

・お盆の時期と重なったので、各電車ともそれなりに混雑。乗り換えの動きを見ていると相当数の方が同じように18きっぷで動いているのが判ります。東京駅で乗り合わせた人に、浜松まで行ってまた会ったり(笑)

沼津 8:56 (751M モハ210-5055) 10:19 島田

20090815no003

・興津で始発電車に乗り換える人が多いようでしたが、座ってしまうと乗換えが面倒くさくなって終点島田まで乗りとおし。

島田 10:29 (753M モハ210-5024) 11:13 浜松

20090815no005

・やって来た電車はわずか3両編成。座れないのは覚悟の上。浜松まで40分程度ですから、立っていてもどうということはなく・・・

20090815no006

・浜松で昼飯を兼ねて小休止。浜松駅ビル内の韓国料理屋「シジャン」で石焼プルコギビビンバ(980円)。100円増しで大盛りにしてもらったのでそこそこ食べ応えがありましたが、ナムル等の野菜物が少ないのは残念。また辛さが全く足りないのでコチュジャンを追加投入。

浜松 12:09 (945M クハ210-5029) 12:42 豊橋

20090815no013

豊橋 12:55 (5329F サハ313-5005) 14:16 大垣

20090815no015

・両サイドともブラインドを閉めっぱなしだったので、何がなんだかよく判らないうちに大垣到着。名古屋でどっと人が降りて車内はだいぶ空きましたが、東京から18きっぷでやってくる人もこの辺で一段落ということなのかなぁ?

大垣 14:40 (233F クハ117-26) 15:17 米原

20090815no018

・大垣でようやく赤者を見かけました。こんな遅い時間に大阪へ向かう人が少ないせいかと思いますが。

米原 15:19 (3273M サハ223-2010) 16:27 高槻

高槻 16:30 (797T クモハ223-3024) 16:35 茨木

20090815no021

「網干(あぼし)」の文字を見かけると、いつも意味も無く「北斗の拳」を思い出してしまいます。

20090815no029

・今回は茨木泊まり。駅近くで見かけた王将は店先に「大阪王将」のマークこそ付いていますが、なぜか屋号は「王将亭」。店の雰囲気も餃子チェーン店というよりは居酒屋のそれで、FC店かつ本部との関係が微妙なのかも。

20090815no026

・「餃子の王将(いわゆる「京都王将」)」より心持ち小ぶりの餃子ですが、おいしゅうございました。テイクアウトのお客さんもちらほら。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2009.08.18

大分2009Ⅱ-(11・完)下関散策2

大分2009Ⅱ-(10)から続く)

20090719no272

どう見てもただの大型料亭なんですが、ここが日清戦争後の下関講和条約の舞台となった「春帆楼」。今でも格式の高い料亭として下関市民に認知されているようで、披露宴を終えたばかりっぽい人々がぞろぞろ出てきました。

ちなみにポーツマス条約の舞台は海軍工廠。ベルサイユ条約はいうまでもなく宮殿。

20090719no270

その傍らに建つのが「日清講和記念館」。

20090719no273

記念館内には下関条約に関する各種資料が展示されている他、講和会議の室内の様子が再現されていました。

20090719no287

記念館を一通り巡った後は、下関の魚市場「唐戸市場」へ。クソ暑い季節、しかも午後に魚市場っちゅーのはイマイチ気乗りがしませんが、観光客でまずまずの賑わい。

20090719no284

観光客向けにフツーに海産物を売っているところもありますが、こんな感じに寿司を置いてある店が人気を集めていました。でも人混みの中に長時間晒されている寿司ってあんまり食べる気がせんし・・・

20090719no289

広大な市場の半分くらいはプロ向けのようで、日曜日の午後なんでひとっ子一人いない区画も相当広がっています。

20090719no291

ここも基本的にはプロ向けのふぐ専門店のようなんですが、一応観光客相手に小銭も稼いでいる風・・・

20090719no294

旅の最後は下関が誇る大型水族館「海響館」へ。残り時間があまりなくて駆け足での見学になってしまいましたが、とにかく暑くて暑くて「涼しそうなところならどこでも良かった」というのが半ば本音。

20090719no299

まぁこういうのは今時の水族館ならどこでもある風ですが・・・

20090719no314

さすが下関だけあってフグはやたら充実しています。

20090719no313

|-`).。oO 暢久親子か、君達は・・・

20090719no320

バブルリングを作るスナメリを始め、イルカやアザラシのショーが充実していて、短時間でサクサク回るのは非常に勿体無い思いがしました。上写真はシロナガスクジラの全身骨格標本。でかすぎてカメラに収まりきれません。

20090719no324

20090719no325

20090719no326

下関駅に戻って駅構内を一通り巡ってみましたが、下関駅高架下って昔と全く変わっていないんですなぁ・・・ 3年前の放火事件で三角屋根の駅舎本体が失われ、その跡地には一応屋根が架かったけれども駅舎は依然再建されず、地盤沈下著しい下関が一層寂しくなった感も。

唐戸 16:19 (サンデンバス)  16:29 下関
下関 16:50 (サンデンバス)  18:05 山口宇部空港
山口宇部空港 19:20 (JAL1648 B737-800) 20:50 羽田空港

20090719no329

下関駅前のバスターミナルでは山口宇部空港よりも、福岡空港/北九州空港の案内表示のほうがはるかに大きかったのには驚きました。

20090719no330_2

下関は最後までふぐが付いて回るのでした・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.08.17

大分2009Ⅱ-(10)下関散策

大分2009Ⅱ-(9)から続く)

門司港 13:20 (関門汽船)  13:25 唐戸

20090719no217

門司から対岸の下関に渡るルートは何通りかあって、以前「関門トンネル」を歩いて渡ったことがありますが、今回は渡し船に乗ってみました。

20090719no219

20人乗りくらいの小さな船をイメージしていたのですが、座席はバス2台分くらいありましょうか。また「門司港まつり」が開催されているせいか、普段は20分間隔のところ、10分間隔で運行していました。

下関・唐戸港までの所要時間はわずか5分。ただ運賃390円というのは埼玉高額鉄道並みじゃ・・・

20090719no221_2

激しく水しぶきを上げながら快走するため、車窓は絶えず水浸し。渡船はあくまでも日常の足であって、関門海峡を眺めるには全くの不向き。

20090719no228

唐戸港到着。唐戸港はもう一つ桟橋があって、「関門シーバス」と書かれたまっ黄色の船が泊まっており、巌流島クルージングを巡って関門汽船と激しい乗客の奪い合いを繰り広げていました。宮島航路と全く同じ構図ですが、古くから日本三景の一つとして知られ、そして今や世界遺産にのし上がった宮島と比べると、物凄く小さなパイの奪い合いのような・・・

20090719no231

門司港ほどのまとまりはありませんが、下関にも戦前の建造物がぽつぽつ残っています。その代表格が1915年竣工の旧秋田商会ビル。円柱状の塔屋がひときわ目立つ他、この時代としては極めて珍しいことに屋上庭園を備えています。

20090719no241

外観は至ってハイカラですが、館内は純和風。このギャップの凄まじさが大正という時代の象徴なのかも・・・

20090719no233

旧秋田商会ビルの横にはレンガ造りの下関南部町郵便局。1900年完成で、驚くべきことに今なお現役の郵便局。当然ながら現役の郵便局では最古。現役ゆえ、観光用に内部を開放してないのが残念といえば残念。

なお下関に残るレトロ建造物としては他に旧下関英国領事館が有名ですが、運の悪いことに保存修理工事中で外観すら見学できず。

20090719no246

唐戸はレトロ建造物が散在し、唐戸市場周辺の再開発も進んで観光客で賑わってはいますが、商店街には全くといっていいほど人気がありません。目の前にある下関市役所に移転の動きがあるようで、そうなると致命傷を負ってしまうような・・・

20090719no258

旧秋田商会ビル等がある唐戸の中心部からやや東に進んだところにある亀山八幡宮。御祭神は応神天皇・仲哀天皇・神功皇后・仁徳天皇で、859年に宇佐八幡宮から勧請。その後この地を支配した大内氏や毛利氏からも手厚い保護を受けたようです。

20090719no253

境内にデンと構える「ふくの像」。下関はいたるところふぐだらけ。

20090719no259

さらに東へ進んで赤間神宮へ。観光的には亀山八幡宮よりもはるかにメジャーですが、壇ノ浦の戦いにおいて幼くして亡くなった安徳天皇を祀ったものですから成立は亀山八幡宮よりもずっと後年。竜宮城を模した神門「水天門」が有名ですね。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009.08.13

大分2009Ⅱ-(9)九州鉄道記念館

大分2009Ⅱ-(8)から続く)

20090719no159

 せっかく門司港に来たので「九州鉄道記念館」に立ち寄り。大宮の鉄道博物館と比べると知名度ははるかに劣りますが、JR九州所有の博物館で開館は鉄道博物館よりもずっと早く2003年8月。

20090719no169

九州鉄道記念館の目玉商品である「キハ07」。戦前に誕生した小型気動車で、さすがのワシもリアルでこれに乗ったことはありません。もともとガソリンエンジンだったのを戦後になってディーゼルエンジンに換装。

20090719no172

|-`).。oO っちゅーかキハ07どころか、この路線(宮原線)自体が乗る前になくなっとるがな・・・

20090719no177

写真だと比較対照物がなくて判りづらいんですが、何もかもコンパクト。

20090719no179

電車特急の代表格として全国で活躍した481系。かつて九州は新幹線開業等によって本州で余剰になった在来線特急車両の溜まり場で、ボロ中のボロなんかが南九州に集まっていたものでした。(少なくとも見かけは)最新鋭車両が揃う今のJR九州からは想像しづらいことですが・・・

20090719no183

「ボロの溜まり場」の称号(?)はJR西日本に移り、北近畿あたりでは今でもこのまんまの内装で走っていても何の違和感もないような・・・

20090719no184

昼は座席特急、夜は寝台特急として活用された581系(通称「月光型」)。こいつも何度も乗ったことがあります。同系列の583系が未だに現役なのもJR西日本(笑)。

20090719no187

星2つの意味が判るのはもはや鉄だけやなぁ・・・ 優勝2回ではありません。

20090719no188

登場時は昼夜兼行で効率よく使えて便利だったはずが、後になると新幹線開業&航空機の大衆化で寝台特急の需要が減り、しかも座席が向かい合わせのため昼の特急としては嫌われと「昼夜兼行」が裏目に。

でも壊れたわけではないので、金がなくなった旧国鉄はこの電車を大改造して普通電車として活用。記念館に保存された車両は大改造後のものなので、寝台として使われていた様子を再現できないのが非常に残念です。

なお「月光」までは屋外展示。屋根がかかっているとはいえ、この時期の屋外展示物見学は辛いですなぁ・・・

20090719no196

冷房の効いた屋内展示場に入って人心地ついた気も。っちゅーか、2度目の見学は半ば涼みに来たようなものでしたが。

上写真は明治時代の客車を復元したものですが、昭和になって大分・耶馬溪鉄道に転じ、なんと1971年まで活躍していたとのこと。

20090719no200

椅子生活に慣れない人が多かったためか、車内はお座敷列車風というか、居酒屋風というか・・・

20090719no197

いまや思い出の中にしかない寝台列車のヘッドマークの数々・・・「さくら」にしか乗った記憶がないなぁ・・・

20090719no198

「つばめ」は一応九州新幹線としてその名を留めましたが、かつては日本を代表する特急だった「つばめ」が今は日本の南西隅でチョロチョロ走っているというのはなんだかなぁと思わないでもなく・・・

20090719no208

この手の遊具はどこでも人気があって、付き合わされるお父さんも大変かと。でも特急にあたる子もいれば、ローカル列車にあたる子もいて、つまらないことでさらに気苦労を余儀なくされるお父さん、お疲れ様。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009.08.12

大分2009Ⅱ-(8)門司港焼きカレー

大分2009Ⅱ-(7)から続く)

20090719no129

すっかり門司港の名物として定着した感のある「焼きカレー」。「門司港焼きカレー倶楽部」の案内によると、焼きカレーの発祥については諸説あるものの、昭和30年代の門司港にあった喫茶店がその始まりで、余ったカレーをグラタン・ドリア風にオーブンで焼いたところ、実に香ばしく美味しく仕上がったので、のちに店のメニューとして出し、好評であったとのこと。

「焼きカレーMAP」に載っている店だけでも24店、それ以外にも焼きカレーを出す店があり、門司港のあちこちで「門司港焼きカレー」の黄色い幟が目に付きます。

といっても焼きカレーの専門店があるわけではなさそうですし、どの店が老舗でどの店が新参者なのかも「焼きカレーMAP」では良く判らないのですが、大規模レストランの品揃えの一環として出しているところよりも、メニューが限られている小さな店のほうがマシであろうと考えて、旧門司三井倶楽部近くの「ドルチェ」に入ってみました。店に手作りケーキとカレーの店と大書してあります。

20090719no131

店は増築でもしたのか2つのパーティションに分かれた妙な作りになっていて、しかもかなり手狭。大小のテーブル席もあれば、カウンター席もあってぎっしり客を詰め込む仕様になっていてあまりのんびりできそうにもないのが難。団体での入店は全くお勧めできません。

入った時は7割くらいの入りでしたが、食べ終わる頃には外に5、6人の行列が出来ていました。

20090719no132_2

早速「焼きカレー(850円)」を単品で注文。カレー&ケーキみたいなブタまっしぐらなメニューも・・・ 他の客も大多数が焼きカレーを注文していました。

20090719no133

ちひろの絵が飾られたどこからどう見ても女性を意識した内装の店で焼きカレーを掻きこむオヤジって実にシュール・・・

20090719no135

焼きカレーはチーズを乗せてオーブンで焼くため、出来上がりにかなり時間がかかります。 グラタンみたいな浅い皿ではなく、かなり深い容器で出てきました。

20090719no139

チーズだけかと思ったところ、中に玉子が隠れていました。ただ玉子は全く焼けておらず完全に生。カレーに生玉子って関西っぽくて好き嫌い分かれるかもしれません。

多種多様な香辛料を混ぜて黒っぽくなった今風のカレーですが味はいたってマイルドで、辛味だとか舌への刺激といったものはほとんどありません。チーズと合わせるとそうせざるを得ないのかなと思いますが、それゆえカレーライスとして評価するよりもカレー風味のドリアとして考えたほうがいいかも。

具はほとんどカレーに溶け込んでしまって、牛肉の破片と緑の野菜(ゴーヤ?)が確認できたくらい。

喫茶店の一メニューに過ぎないという出自ゆえか、量は少な目。ただチーズのおかげでそこそこ腹持ちはします。

20090719no145

この日はたまたま「門司港焼きカレーフェア」開催日。

20090719no121

20090719no124

20090719no125

フェアに協賛している店の焼きカレーが実物で展示されていました。こう見ると「ドルチェ」のように深い容器で出す店は非常に少なく、浅い皿で出す店のほうが多いようです。

焼きカレー自体は門司港にしかないわけではなく都内でも食べられるようですが、焼きうどんのようにどこにでもあるわけではなく、適度にマイナーな存在感が街興しの材料として成功した一因かもしれません。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009.08.11

大分2009Ⅱ-(7)門司散策

大分2009Ⅱ-(6)から続く)

20090719no096

関門海峡めかり駅近くに展示されていたEF30形電気機関車。下関~門司間専用で、関門トンネルの海水による錆を防ぐため車体外板にステンレスが採用されているのが特徴。

20090719no101

そのままトロッコで折り返すのも芸が無いので、帰りはのんびり歩いてみました。列車がトンネルで抜けた山をぐるっと迂回する格好になるのでやや遠回りになります。

上写真は関門トンネルに付随している人道トンネル。トンネルづたいに対岸の下関まで歩いて行けます。一度歩いたことがありますが、トンネル内は非常に蒸し暑くて難儀しました。もっとも蒸し暑いのを利用してか、ランニングで減量をに努めている方もちらほら。

20090719no102

ノーフォーク広場。「ノーフォーク」の名は北九州市(旧門司市)と姉妹都市関係にあるノーフォーク市@アメリカ合衆国バージニア州から来ています。ノーフォークは港湾都市であると同時に巨大海軍基地でもあるから、門司の相手先としては格が全く違うような・・・

20090719no112

門司は単に本州から九州へやってくる際の玄関口であっただけではなく、大陸貿易の基地でもありました。上写真は旧門司税関で1912年完成。但し税関庁舎として使用された期間は意外に短くて1927年、すなわち昭和に入ってすぐに税関としての役目を終えたとのこと。

20090719no116

国際友好記念図書館。1902年に帝制ロシアが大連市に建てたドイツ風建築物を、北九州市・大連市友好都市締結15周年を記念して1994年に複製建築したもの。甚だ紛らわしいのですがこいつはもともと門司にあったわけではありません。

20090719no128

門司港が「焼きカレー」でブレイクする前は、「バナナの叩き売り発祥の地」で売り出していたように記憶しています。台湾から運ばれて来たバナナのうち輸送の途中で傷んだりして市場に出せなくなったものを、かつては露天商等が文字通り港で「叩き売り」していました。門司港は日本の港湾では台湾に比較的近くてバナナが入荷する機会も多かったのでしょうが、先に神戸や横浜でバナナの叩き売りをやっていても別に不思議ではないような・・・ 「先に言ったもの勝ち」に過ぎないような・・・

20090719no144_2

|-`).。oO ほんで勢い余ってこういうのを作っちゃったんだろうなぁ・・・

20090719no150

旧大阪商船。大阪商船の門司支店として1917年建設。レンガ造りのように見えますが、実は木造・一部コンクリート造りで、オレンジ色の部分はタイル張り。八角形の塔が特徴。

20090719no158

旧門司三井倶楽部。三井物産門司支店の社交クラブとして1921年に建築。写真では大小の三角屋根が映える洋風の本館の陰に隠れていますが、和風の建物が付属しています。アインシュタインが宿泊したことがあるというのが売り。港町よりも高原に建っているほうがよさげな建物ですが、戦前の三井の余裕を感じさせるというか、それだけ貧富の格差が著しかったというか・・・

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009.08.10

大分2009Ⅱ-(6)やまぎんレトロライン

大分2009Ⅱ-(5)から続く)

大分 7:47 (ソニック10号 モハ885-204) 9:16 小倉
小倉 9:28 (2540M モハ414-103) 9:44 門司港

20090719no009

まさかの敗戦で翌日の気分は優れませんが、早起きして「白いソニック」に乗車。革張りの重役椅子みたいな座席が大のお気に入りでしたが、経年で細かい痛みが目立つようになってきました。またこの座席の根本的な問題は座席背面にテーブルが無いこと。博多・小倉-大分間なんてビジネス客が多いでしょうから、車内でPC作業がしにくいというのは今時問題だと思うんですがねぇ・・・

20090719no033

門司港駅到着。関門トンネルができるまでは九州の玄関口として栄え、対岸の下関との間に関門連絡船が就航していました。駅舎は1914年に完成したもので重要文化財。

20090719no210

この日の目玉は09年4月26日に開業したばかりの「やまぎんレトロライン」試乗。貨物線を観光鉄道に転換したもので、JR門司港駅に程近い九州鉄道記念館駅から関門海峡めかり駅までの2.1kmをトロッコ列車が行き来しています。

上写真は九州鉄道記念館駅。

20090719no054

まぁ駅といっても仮設みたいなもんですが・・・

20090719no060

トロッコ客車2両をディーゼル機関車で挟んだ4両編成。同じ車両が行ったり来たりするだけです。料金300円均一。トロッコには指定席と自由席があり、指定席には別途100円が必要。

わずか2.1kmですからトロッコ列車の車内も実に素寒貧としたもの。もともと貨車なんで低速運転でもややゴツゴツした乗り心地でした。

夏休みに突入したばかりの3連休とあってかトロッコは満席で発車!

20090719no063

列車の運行は平成筑豊鉄道が請け負っていますが、観光シーズンの土日祝日や春休み・夏休みに走るだけなので、駅係員はボランティアを多数採用して経費節約を図っているようです。

20090719no065

観光鉄道なので車窓が売り物。トロッコは門司港レトロ地区を遠望しながらトロトロ走ります。レンガ造りの建物は旧門司税関。

20090719no071

すぐに関門海峡が見えてきました。終点までに途中「出光美術館」「ノーフォーク広場」の2駅がありますが、そんなに頻繁に列車が来るわけでもないから途中駅での乗り降りがあるとは思えないんですが・・・

20090719no105

非常に短い鉄道なのに途中にトンネルがあります。

20090719no077

トンネルに入るとトロッコ列車の天井に関門海峡に生きる魚介類が映し出される趣向。

20090719no087

終点関門海峡めかり駅到着。関門海峡を望む風光明媚なところではありますが、特に何があるというわけでもないので、トロッコ列車で折り返す人も少なくない模様。といっても一本前の列車で来た人らが既に列をなしていますので、すぐに折り返しの列車に乗るのは難しそうです。

20090719no088

トンネルで抜けた山の上には展望台があり、「めかり絶景バス」が間を結んでいます。トロッコを降りてこのバスに乗る方も相当いました。

まぁこの手のバスは往々にして採算割れですぐに無くなってしまうだよなぁ・・・(´・ω・`) ショボーン

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009.08.07

大分2009Ⅱ-(5)さらば大分

大分2009Ⅱ-(4)から続く)

小倉 15:08 (ソニック31号 サハ883-202) 16:34 大分

20090718no190

20090718no191

今年2度目の九石ドーム。「九石ドーム」の名前は2010年2月まで。九州石油は新日本石油(ENEOS)に吸収合併済みですから、次に来る時は間違いなく名前が変わっています。

そういえば新日本石油@大分の偉いさんが挨拶に来ていましたが、長口舌をふるったあげく赤サポを刺激してしまい、締めの部分を赤サポのコールでかき消される始末。

20090718no198

抗議のダンマク1:「溝畑社長・原強化部長に問う!監督だけの責任か!?」

20090718no199

抗議のダンマク2:「強化部長の去就は浦和戦の結果を見て・・・」

|-`).。oO 浦和戦の結果は、強化部長留任になってしまったのだが・・・

20090718no211

試合開始前に全出場選手をコール。これもしばらく聞くことはないだろう・・・

20090718no212

ニータンと共にENEOSのゴリラが来ていたのは「ENEOSスペシャルサンクスデー」だったからか・・・

20090718no221

試合開始前から既にボロボロの九石ドームの芝を子供達が補修体験。これぞまさにパフォーマンス・・・

20090718no223

「O・I・T・A」もしばらく見納め・・・

20090718no230

|-`).。oO しばしの別れじゃ、ニータン・・・

20090718no192

20090718no195

九石ドームのスタ飯事情は5月に研究したばかりなので、今回は小倉で買っておいた「かしわめし(北九州駅弁当:750円)」が夕飯代わり。「かしわめし」は同じ北九州市でも小倉より折尾のが名高いんですが、折尾なんてそうそう行くことはないだろうしなぁ・・・

かしわめし(=鶏がらスープで仕上げた炊込みご飯)の上にかしわ肉・錦糸卵・海苔をトリコロールよろしく敷き詰めただけの単純な駅弁ですが、土台になっているかしめめしが美味いのでおかずが貧相でも全く気にならず。またかしわ肉の味付けが濃い目なので、意外にビールのアテにもなる優れもの。但し、甘ったるいうぐいす豆はないほうがいいかも。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009.08.06

大分2009Ⅱ-(4)東田第一高炉

大分2009Ⅱ-(3)から続く)

西小倉 13:38 (4129M モハ813-104) 13:47 スペースワールド
スペースワールド 14:43 (4346M クハ810-17) 14:53 小倉

20090718no174

鹿児島本線で通るたびにいつも気になっていた旧八幡製鉄所の大高炉。日本初の本格的製鉄所が建設された「1901」年の看板が誇らしげ。

ここが史跡として整備されたとの話を聞いて早速行ってみました。

20090718no168

八幡の官営製鉄所は富岡製糸所と並んで明治日本の工業化の象徴であり、誰でも知っている近代化遺産の一つだと思います。しかし、富岡製糸所とは対照的に重要文化財に指定されていないのは、1962年に建替えられて建設当時の姿を留めていないためでしょう。

左の白い塔は高炉に熱風を吹き込む「熱風炉」。この熱風で燃料であるコークスを燃やし、溶けた鉄鉱石から鉄を取り出すのが「高炉」。右の白い塔は高炉から出る排ガスに含まれる塵を取り除いてガスを再利用するための「集塵器」。

20090718no128

熱風炉から煙道へ送る煙の量を調整する「煙道弁」。こういうマイナーな機関ですらやたら巨大で、その傍らに建つ高炉のでかさには圧倒されるばかり。

20090718no145

高炉から出てくる銑鉄の様子を見守る人々。川口に住んでいるとなんだか見慣れた光景のような気もしますが(^^; 高炉から出てくる銑鉄の温度は1400度。耐火服を着ているとはいえ、どう見ても危険できつい仕事です。そして驚きべきことにこの仕事は明治の昔の話ではなく、展示してある耐火服は2001年当時の八幡製鉄所で使用されていたものとのこと。

20090718no157

圧延工は重労働。入社試験には13貫(約49キロ)の鉄の棒を両手に持って、30メートルを2往復させるようなことも。

すいません、30メートル歩くどころかそんな鉄棒を2本も持てません(´・ω・`)ショボーン

20090718no114

20090718no115

銑鉄は「ドーピードカー」と呼ばれる貨車に載せられて転炉へと運ばれます。「ドーピードカー」は単なる貨車ではなく、輸送の途中で硫黄やリンなどの不純物を取り除ける優れもの。但し、展示してある「ドーピードカー」は戸畑で利用されていたもので、東田ではそれよりも原始的な「鍋台車」だった模様。

20090718no107

銑鉄にくず鉄や生石灰等を入れて酸素を吹き込み、レールや自動車部品等様々な用途に応じた鋼鉄を作り出す「転炉」。

20090718no155

今では「企業城下町」という言葉はややネガティブな意味合いになってしまいましたが、巨大製鉄所を誇りとして生きた昔の八幡・戸畑の人々の顔は実に生き生きしています。

これだけ充実しているのに入場はなんと無料。巨大構造物ゆえメンテナンスに応分の金がかかると思いますが、北九州市の財政支援だけでは手に余り、新日鉄が相当支援しているのではないかと思いますがどうでしょうか?

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009.08.05

大分2009Ⅱ-(3)小倉散策

大分2009Ⅱ-(2)から続く)

20090718no017

小倉といえば「小倉祇園太鼓」。といっても実物はもちろん、その映像すら見た記憶が全然ないんですが・・・

20090718no181

小倉駅前に祇園太鼓の銅像が建てられているだけでなく、駅名板にも祇園太鼓のイラストが。

20090718no021

20090718no036

狙っていったわけではなかったのですが、小倉を訪れたこの日は祇園祭の真っ最中。出番を待つばかりの山車が街のあちこちに。太鼓がついている山車とついていない山車がありますが、悪戯防止のために太鼓を外しているのかも。

20090718no083

20090718no089

「小倉祇園太鼓保存振興会・大山」によると、明治の中頃から小倉市街に路面電車が走るようになり、架線で背の高い飾り山車が通れなくなったことなどから山車の姿が変わり、太鼓は山車の前後に乗せるようになった模様。さらに近年は小倉中心部の人口減により山車を運行する町内も減少したり、据え太鼓のチームが増えたりして、祭りのスタイルも年々変化している様子。そういえば駅前の銅像も駅名板のイラストも据え太鼓で山車ではありませんね。

20090718no058

炎天下の中、小倉城まで足を延ばして見ました。今の小倉城は1959年に鉄筋コンクリート構造で建てられたものですが、残念ながらもともとの小倉城は箱を積み上げたような「層塔型」だったのに対し、復元小倉城には派手な大入母屋破風や千鳥破風・唐破風を付けてしまったので限りなくパチモノ。最上層がその下層よりも外に大きく張り出している「唐造り」である点だけが往時の小倉城らしさを留めていますが。

20090718no069

小倉城は第二次長州征伐の舞台。小倉藩は長州藩の攻勢の前に小倉城放棄を決意し、城を焼却して撤収という幕末の「幕軍トホホ伝説」の中でも屈指のエピソードを残しています。もっとも天守自体はその約30年前に焼失して、その後再建されませんでしたから、小倉城炎上はビジュアル的には少々寂しかったかも。

20090718no064

小倉城内が祇園太鼓競演会の舞台。紅白の幕内が有料観覧席。競演会が始まるまではまだまだ時間があるようで周囲は閑散。無理やりアゲにかかっているミニFM(?)の生音声だけが周辺に響き渡っていました。

結果としては大分の砂場での玉蹴り大会なんぞ見るよりもこちらを見たほうが良かったでしょうが、この時はまさか14連敗中の大分に敗れるとは思いもよらず・・・

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2009.08.04

大分2009Ⅱ-(2)小倉焼うどん

大分2009Ⅱ-(1)から続く)

20090718no032

小倉が「焼きうどん」発祥の地として売り出しているとの話を耳にして早速実地検分に出かけてみました。

まずは小倉駅前のアーケード街の南外れに近い「いしん」へ。地下1Fの店なので一見さんには少々入りにくいのが難ですが、11時半の開店と同時に地元客っぽい方が何人か入店したのが見えたので続いて入店。

先客6、後客6。大きな鉄板を挟んで向かい合わせのソファーばかりっちゅーのは妙な気分。店内はなぜかボサノバが流れ、店員は若い男性ばかり。そのせいかどうかは判りませんが女性客が目立ちました。また実態としては鉄板焼き・お好み焼きの店で特段焼うどんを目玉に据えているわけではなし。焼うどんとそれ以外の焼き物を頼んでいる客が半々くらい。

早速「小倉焼うどん(550円)」を注文。

20090718no028

典型的なファストフードである焼うどんなのに10分以上待たされ、ようやく到着。焼うどんを頼んでいた客が、先客・後客関係なく一斉にサーブされたところを見ると、まとめて焼いていたのでしょう。

20090718no030

醤油味でやや甘めの味付け。麺がかなり柔らかいのはまだしも、焼うどんなのになんだかベチョっとしています。具はキャベツ、玉ねぎに豚バラ肉が少々。紅生姜が添えられています。量はそこそこありましたが、総じてなんだかなぁ・・・

今時珍しい外税で「577円です」と言われた時には内心ムカっと来ました。

20090718no038

激しい失望感と共に店を後にし、しばし小倉の商店街を散策。

上写真は「だるま堂」。小倉焼うどん発祥の地とされる超有名店で、大きな荷物を持ったバリバリの観光客で満員。オバハン独りでやっている小さな店で、お世辞にも綺麗とはいえず、有名店と知らなければ引いてしまいそうな外観&内装。

20090718no041

「赤ちゃん食堂」。こちらは「だるま食堂」が混んでいた時のオプションとして考えていたのですが、こちらは同じ作業着姿の地元客でこれまた満員。

20090718no039

っちゅーか「だるま堂」や「赤ちゃん食堂」がある一角は闇市がそのまま残っているような(小倉は戦災に遭わなかったから、さらにその前かも・・・)食堂街。大阪・鶴橋駅横のコリアタウンにも似た怪しさ満点・・・

20090718no053

やむなく駅でもらった「焼きうどんマップ」を手がかりに、小倉駅近くの「一銭洋食・わらべ」へ。見た目通りの大衆食堂で、昼飯どきなのに先客2、後客なしと少々店が心配になります。「焼きうどん(550円)」を注文。

厨房内には初老のオヤジが一人と、オヤジにそっくりの娘さんが一人。オヤジがせっせと鉄板でうどんを焼いてくれます。やはり焼うどんは目の前で焼いてくれるのが良いですね。

20090718no048

楕円形の皿で出てきました。花かつおや海苔を乗せたのでてっきりここも醤油味だと思ったのですが、意外なことにソース味。その辺は洋食屋のプライドなんでしょうか? ただスパイシーさは全く感じず、どちらかというとほんのり甘め。赤いチューブ容器を振っていたのが見えましたが、ちょっとケチャップ混ぜたかな?

麺は並みの堅さで良くも悪くも焼うどんらしい脂っぽい仕上がり。量は少なめ。具はキャベツ、モヤシ、非常に細かく刻まれた豚バラ肉。シンプルな出来には変わりありませんが、こちらの品のほうがはるかに気に入りました。

20090718no050_2

ただ残念なことにどちらも小倉ならではといった特色がなく(例えて言えば、富士宮焼きそばの麺みたいな際立った特色がない)、自宅やその辺の屋台でテキトーに焼いているのとそんなに変わりはなさげ。わざわざ小倉に来て食べるもんじゃないですなぁ・・・

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009.08.03

大分2009Ⅱ-(1)プロローグ

*前回の「ごらんアウェー:大分2009」はこちら

羽田空港 8:30(JAL373 B737-800)10:10 北九州空港
北九州空港 10:25(西鉄バス)11:02 小倉

20090718no002

 7月3連休の初日。ツアーもバカ高で福岡便にすら先割設定がないという過酷な条件の下、大分へは数少ない先割設定があった北九州空港経由で向うことにしました。

北九州空港は旧空港の時に一度利用したことがありましたが、06年3月に現在の海上空港に移転してからは初利用。山口宇部空港が周防灘を挟んで目と鼻の先にあり、山口宇部空港の真横を掠めて着陸態勢に入るのには大笑い。

20090718no004

小倉まで高速道路経由のノンストップ便で35分。飛行機から降りてくる客を辛抱強く待って、ほぼ満員で発車。

20090718no005

北九州空港は海上空港。関空のように強風等で橋が通行止めになって、空港内に利用者が閉じ込められるような事態は起きているのかなぁ?

20090718no018

モノレールが直接小倉駅に乗り入れるようになって早や10年が経ちましたが、それ以来小倉駅に大きな変化はなし。同じようにJRの線路をモノレールが跨ぎこしている立川駅もこんな感じだったら便利だったんですけどね。

20090718no012

吹き抜けと高い天井を強調するかのようにそそり立つ円柱だとか、丸い明り取りだとか、見た目は格好良いんですが、風が通らなくて暑いんだよなぁ、この駅。通路にミストシャワーを設置していましたが単なる気休めかと。

20090718no010

大分行きの特急「ソニック」が悉く売り切れていましたが、赤者のせいだけじゃないよなぁ・・・

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009.07.31

日本平2009

東京 13:10 (急行311便 JRバス関東) 16:17 静岡

20090729no002

昨年に続いて東名高速バスで静岡入り。かったるくて狭くて「もう乗るまい」と思ったのですが、不景気真っ只中で安いという魅力には抗しきれず。富士付近で工事渋滞があり、静岡には15分ほど遅れて到着。ダイヤには余裕が無く、ちょっと渋滞するとすぐ遅れてしまうみたい・・・

20090729no006

静岡のホテルにいったん投宿してからスタジアムへ。静岡市に吸収合併された清水出身の「さくらももこ」の心境やいかに。

20090729no008

20090729no011

なんだかんだとしているうちに、スタジアムに着いたのは試合開始1時間ちょっと前。「しおや丼(800円)」が夕食代わり。

20090729no016

ちょっと足りないので「海鮮焼(650円)」も追加。よく考えたら昨年と全く同じパターンか・・・orz  適宜売店入れ替えてくれないかなぁ・・・

20090729no012

何時の間にかパルちゃんショーが始まって、何時の間にか終わってしまい・・・ 「暑中御見舞申し上げます」には一家言あるだけに、あんまりやって欲しくなかった・・・

20090729no026

いつものように、ネーチャンがやってきては消え・・・

何も良い思い出がないまま、日本平を後に。

静岡 7:42 (ひかり502号 727-451) 8:40 東京

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009.07.28

山形2009Ⅱ-(10・了)~牛肉道場

山形2009Ⅱ-(9)から続く)

米沢 17:41 (つばさ126号 E329-1001) 19:30 大宮

米沢からの帰りにも駅弁。米沢は全国屈指の駅弁の宝庫で、この機会を逃す手はありません。

20090705no173

20090705no174

米沢はさほど大きな街でもなく、しかも乗換駅でもないのに未だに新きねやと松川弁当店の2軒の弁当屋が覇を競っていて、改札口を出たところで仲良く(?)弁当を売っています。昼に新きねやの駅弁を買ったので今回は松川弁当店からチョイス。といっても、赤者効果なのか、あるいは単に買った時間が遅いせいなのか、豊富な品揃えが売り物にも関わらず残っている駅弁は2種類だけとのこと。山形駅でも売っていた「牛肉道場(1,100円)」を購入。

20090705no179_2

「奥羽本線とともに百余年」というコピーが鉄心をくすぐります(写真では小さく潰れてしまって読みにくい・・・)。

20090705no189

ぱっと見は「牛肉どまん中」とそっくり。牛肉を弁当いっぱいに敷き詰めたものですが、「どまん中」と決定的に異なるのが紅生姜(パッケージの説明によると「はじかみ生姜」というらしい)を境に左に牛肉煮、右に牛そぼろとくっきり分かれていること。

20090705no191

 残念ながらこう分けてしまうと堅い牛そぼろは牛肉煮と比べて不味いことが丸判り。牛肉の2通りの味わいを楽しむ狙いだったのかもしれませんが、両者のレベル差がこう激しくてはどうにもいけません。

 「どまん中」がど真ん中に投げ込まれてもなかなか打てない剛速球投手とすれば、「道場」は球筋が見極めやすくて「どまん中」と球速は大差ないのに簡単に打ち込まれてしまう投手(そういえば「150kmの棒球」と評されたピッチャーがいたなぁ・・・)のようなものでしょうか。

 なお牛肉煮のほうは「どまん中」とほぼ同様の甘めの味付けでしたが、「どまん中」と違ってパッケージに国産牛肉の表示はありません。

 ちょこっとだけ箸休め代わりのおかずがついているのも「どまん中」と同じ構成ですが、個人的には嫌いなしそ巻きが入っていたのも印象を悪くする結果に。他にこぶ巻、酢れんこん、甘露いも、しょうゆ漬。

 パッケージには「創業明治32年、米沢駅開通以来厳選した牛肉を材料に風味豊かな弁当を作り続けてまいりました。お客様に美味しくご賞味いただきたい気持ちは創業当時そのままに平成の七代目は時代と共に本場の新しい味わいをご提供します。」とありましたが、超がんばれ七代目!!!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.07.27

山形2009Ⅱ-(9)~米沢散策

山形2009Ⅱ-(8)から続く)

20090705no099

上杉神社を含む米沢の中心部は米沢駅から遠く外れていますが、はなはだ残念なことに駅~中心部を結ぶ「100円バス」だとか、観光用のループバスとかが頻発しているわけではありません(頻発どころか、市内でバス自体あんまり見かけなかったような・・・)。従って鉄道で来た場合はタクシーに乗るか、せめてレンタサイクルでも借りないとかなり辛いものがあります。

せっかくNHK大河ドラマ「天地人」の舞台(といっても米沢は終盤に出てくるだけですが)でウケに入っているのに観光の足が良くないのは困ったもの。

20090705no105

牛肉屋の前には赤者の行列がちらほら。もっとも昨夜天童や山形市内で夜中に焼肉食べてた方も多数いたようですが・・・

20090705no110

米沢駅から上杉神社へ歩く途中に見かけた九里学園高校(旧米沢女子高等学校)。1935年に建てられた洋風建築で、柔らかな彩りや小さな丸窓が女子高らしさを醸し出しています。「九里」の名は学校のルーツである九里裁縫女学校を興した「九里とみ」から来ています。

20090705no117

九里学園の前に設えた「うこぎ」の垣根。米沢では古くから食用を兼ねた垣根として利用されており、春から初夏にかけての新芽が美味しくて天ぷらやおひたし等になるとのこと。直江兼続が米沢に持ち込み、米沢藩九代藩主上杉鷹山がうこぎの垣根を奨励したとされていますが、2代目藩主から8代目まで何をしていたのかというのはつっこまない方向で。

20090705no130

30分ほどかかってようやく上杉神社到着。「天地人」ブームにのって、さほど広くもない境内は観光バスでやって来た団体客で一杯。もちろん赤者もうじゃうじゃ。

20090705no139

大昔に一度来たことがある(大河ドラマ「独眼竜政宗」をやっていた頃(笑))のですが、神社そのものはさほど変わった様子もなく。 直江兼続の「愛」の兜は上杉神社付属の博物館に納められています。

20090705no133

上杉神社はいうまでもなく上杉謙信を祀ったもの。なお米沢神社は米沢城本丸跡そのもので、周囲を水堀に囲まれていますが、天守どころか石垣もないのであまり城跡っぽくありません。

なお今となっては上杉氏一色の上杉神社ですが、米沢は戦国時代後期には伊達氏の本拠地で、米沢城は伊達政宗の出生した城でもあります。

20090705no135

上杉藩中興の祖として知られる上杉鷹山は上杉景勝、直江兼続らとともに米沢城二の丸跡の「松岬神社」に祀られています。

20090705no119

|-`).。oO なんでもかんでも「たん」をつけてキャラクター化すればいいというものではなかろうに・・・ しかも表情が(`・ω・')シャキーンとそっくりっちゅーのも・・・

20090705no147

上杉神社に隣接する「伝国の杜」でやっていた「天地人博」。

だいたい大河ドラマ関係の展覧会というのはパネル展示が大部分。しかも肖像権問題がある出演者はともかく、出演者の衣装や小道具も見るだけで撮影禁止。概してあまりサービス精神というものがなく、入場料の割にはしょーもないのがお約束。NHK受信料を払っている人なら無料でいいんじゃないかと常日頃思うのですが、「天地人博」もご多分に漏れず。

但し、ここは米沢市上杉博物館を併設しているので、そこでなんとか元が取れたかなという気も。ただ上杉家ゆかりの品々が上杉博物館と上杉神社に分かれて保存・保管されているのはなんだかなぁ・・・

20090705no158

上杉神社を一通り回った後は、旧米沢高等工業学校本館(現山形大学工学部)へ。冒頭に紹介した米沢駅はこの建物がモデル。米沢高等工業学校は1910年(明治43年)3月、東京・大阪・京都・名古屋・熊本・仙台に続いて全国7番目の高等工業学校として開設。

 他の6都市と比べると非常に小さな米沢に早々と高等工業学校が建ったのは不思議な気がします(金沢や広島に出来てもおかしくないような・・)が、米沢織の威光がものをいったのでしょうか?

 なお帝人は米沢が発祥の地で、1918年に米沢高等工業学校の講師でもあった秦逸三がその前身「帝国人造絹絲株式会社」を設立。

20090705no168

上杉家代々の菩提寺「林泉寺」。上杉氏の本拠地があった春日山城の山麓に建立された林泉寺が元で、上杉家が会津→米沢と転減封されるに伴い、1617年(元和3年)に現在の地に建立。仙洞院(=景勝の母)が伽藍建設を推進した功により、中興開基の称号が送られています。

20090705no165

林泉寺には景勝夫人の菊姫以下上杉家一族の子女、及び上杉家重臣が多数葬られています。上写真は直江兼続とお船のお墓。全くの同型で仲良く並んでいますが、互いに良く助け合い、夫婦仲が良かったことを象徴しているような気がしました。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009.07.23

山形2009Ⅱ-(8)~牛肉どまん中

山形2009Ⅱ-(7)から続く)

山形 12:06 (つばさ114号 425-3) 12:40 米沢

20090705no075

 蔵王から戻って「つばさ」で米沢へ。ちょうど後援会の団体専用列車の出発時間にぶつかってしまったようで山形駅は赤者だらけ。

20090705no067

20090705no068

 そして驚くべきことに山形の駅弁コーナーや立ち売り場から駅弁が消えうせているんですな・・・ 山形の駅弁はレベルが高いとは言いがたく、やむを得ない場合でなければ食指が動かないものですが、これが売り切れてるって恐るべし赤者・・・ 

20090705no065

 ところが新幹線改札口をくぐった先の売店でなんと米沢の駅弁を売っていました。米沢の駅弁は全国屈指の美味さ。2種類ありましたが、新きねやの「牛肉どまん中(1,100円)」を購入。

20090705no083

 ハイカラさんなパッケージですが、公取委の逆鱗に触れないように「米沢牛」という言葉は巧みに回避しています(原材料欄に”国産和牛”と小さく書かれていますが)。

20090705no087

 蓋を開けると牛肉!牛肉!牛肉! 牛肉煮を弁当箱一杯に敷き詰め、箸休め代わりにちょっとだけ煮物や漬物を添えただけの、まさに「牛肉どまん中」。うなりを上げて剛速球を投げ込んでくる、故津田恒美投手を髣髴させるネーミングがぴったりの思い切りの良さが光ります。すき焼きにも似たやや甘めの味わいですが、その甘みが牛肉の脂と渾然一体となってご飯の美味さを引き出した格好に。牛肉煮だけだとコスト高になるためか牛そぼろも混じっているようすが、そぼろの存在はさほど気にならず。

20090705no091

 脇役に里芋、にんじん、昆布の煮物。玉子焼き、かまぼこ、そして漬けあわせ。煮物や玉子焼きではなく、野菜類を入れたほうがバランスが良いように思いますが、圧倒的なストレートの威力の前では、少々カーブに切れがなくてもさしたる問題ではありません。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009.07.22

山形2009Ⅱ-(7)~蔵王温泉

山形2009Ⅱ-(6)から続く)

山形 7:40 (山形交通)  8:17 蔵王温泉
蔵王温泉 10:40 (山形交通)  11:25 山形

20090705no002

そそくさと朝食を済ませたあとは蔵王温泉へ。山形駅から蔵王温泉まではバスで約40分。

20090705no060

スキー場としても有名な蔵王温泉ですが、んだスタからはやや距離があるためか、ここに宿泊した赤者らしき姿は見あたらず。またスキーシーズン以外ではさほど人気がないのか、日曜朝の宿泊客が捌ける時間帯というのに、あまり温泉街に活気が見られません。

20090705no010

高湯通りを伝ってまずは「下湯」へ。

20090705no008

20090705no007

「下湯」の横には何時の間にか足湯が出来ていました。案内板によると蔵王温泉は「西暦110年に吉備多賀由に発見され、蝦夷征伐で傷んだ身体が完治した」とありますが、蝦夷征伐最中の敵地のど真ん中で療養せんだろう、フツー(笑)。

20090705no012

泉質は「酸性・含硫黄-硫酸塩・塩化物泉」。源泉での温度が56.9度と高いので井戸水を加水して温度調整していますがもちろんかけ流し&消毒なしで、強酸党員も大満足。

20090705no021

20090705no030

蔵王の温泉街を見下ろすように建つ酢川温泉神社。歴史書「三代実録」に「873年(貞観15年)6月26日に出羽国酢川温泉神社に正五位下を授く」とあるそうで、温泉共々歴史があるのは確か。

20090705no035

神社から戻って、今度は「上湯」へ。

20090705no040

湯船は「下湯」の1.5倍くらいありましょうか? 泉質は「下湯」と全く同じかと思ったのですが、「酸性・含硫黄-アルミニウム・硫酸塩・塩化物泉」と微妙に違いました。

20090705no050

20090705no051

再び湯冷ましを兼ねて周辺を徘徊。

蔵王名物の露天風呂。普段はリフトで登るような距離を歩くと結構くたびれます。この辺りまで来ると車でやって来た赤者もちらほら。

20090705no056

最後は高湯通りからやや離れた位置にある「河原湯」へ。温泉客が行き交う通りから外れ、しかもやや奥まった位置にあるのでちょっと判りにくいのが難。

ここは湯船の底に敷いてあるスノコから湯が湧き出てくる仕組みが面白い。但し、排水が追いつかずに湯船から溢れ出たお湯が浴室の床に溜まりまくっているのはなんとかして欲しいところ。

泉質は「酸性・含鉄・含硫黄-アルミニウム・硫酸塩・塩化物泉」とこれまた上湯・下湯とは微妙に異なります。

20090705no049

あなた愛してくれた 全て流してくれた  それは湯だまりでした。

3つも共同浴場を巡ったため、帰ることには体中硫黄臭。帰りの新幹線で横に座っていたオッサンが露骨に嫌な顔をしていたような、そうでもないような・・・

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2009.07.21

山形2009Ⅱ-(6)~NDスタジアム

山形2009Ⅱ-(5)から続く)

20090704no217

長々と初日を観光に費やしましたが、ようやくスタジアムへ。シャトルバスには16時半頃乗車。乗り場は何時の間にか山形駅東口から西口に変わっていて、どういうルートでスタジアムに向かうのかと楽しみにしていたのですが、バスは混み合う国道13号なんぞには目もくれず、いったん大きく西へ迂回してから北へ転進。

東北中央道のわき道みたいなところを走り、行き止まりでようやく東に向きを変えて奥羽本線を越えてスタジアム近くの国道13号との交差点へ。線路を越えたあたりで渋滞に嵌り、所要時間約45分。

なおシャトルバスに乗っている姫者はわずか親子1組・・・ 山形は完全な車社会で、行きはともかく帰りは山形駅へ戻ってきたところでそこから自宅へ行く足がありませんから、地元民にとってシャトルバスなんて何の意味もないのかも・・・

帰りは試合終了直後にスタジアムを後にしたのが効いて渋滞ゼロ。所要約30分でした。

20090704no223

山形はスタジアム前の屋台が充実しているのはサテライトで確認済だったので、さほど驚きは無い。っちゅーか、サテライトで出ていた屋台とリーグ戦で出ている屋台の数に大差がないというのが最大の驚きだったりします。

赤者がずらずら並んでいるのでなんだか良さげと思って「どんどん焼き」の列に並び、しかも「山形だけの、はしに巻いたお好み焼です」とのコピーに釣られてソース味としょうゆ味の食べ比べまで試みたのですが・・・

20090704no224

申し訳ないが、お好み焼きとは似ても似つかない食いもん。具が無く、しかも焼き方が下手でべちょっとしているたこ焼きが串に突き刺さっているようなもの。2本も買ってしまって激しく後悔しました。粉もん王国大阪をなめるな!

|-`).。oO なんで急に大阪やねん・・・

20090704no229

売店周辺で知人に勧められた「山形牛串焼」「米沢牛煮込み」は既に売り切れ・・・・

20090704no230

20090704no231

やむなく「もつ煮」を買ってはみたものの、残念ながら全然煮込み加減が足りなくてイマイチ・・・ もつ煮の実力もサッカーの実力も鹿島に遠く及ばないといったところでしょうか。

20090704no238

人気のカリーパン。店を出していた「明友」のオッサンに聞いたところ、この日は18時間労働(!)にも関わらず、作る傍から売れていってとうとう品切れとのこと。これも一つのJ1の洗礼、っちゅーか赤者の洗礼ということで、来年は仕込みの数を間違えないようにお願いします。っちゅーか、埼スタで売ったら馬鹿売れやで、これ。

20090704no236

仕入れていたトマトが足りなくなって、ジュビロ戦用に仕入れていた鰻を使ってしまったので、ジュビロ戦用の具材アイデア募集中。鰻は浦和の知られざる名物であることを知っていたわけではないみたい・・・ 

20090704no257

働く「ディーオ」。

20090704no249

着ぐるみは作成されていないものの不気味な存在感を漂わせている「岩男」。

20090704no253

担架に載ってそのまま病院送りという事態は避けたいものですが、この日は残念ながら古橋が負傷退場・・・

20090704no287

ハーフタイムに突如表れた"おいしい山形"のマスコットキャラクター「ペロリン」。駅でよく見かけますが、JR東日本のキャラクターではなく山形県のキャラクターでした。

20090704no289

同様にハーフタイムに突如表れた山形県知事。山形の名産案内で挨拶を止めておけばいいものを、モンテディオの応援演説までやってしまったので赤者から盛大なブーイングを浴びる始末。もっとも昔の大分県知事(?)@ビッグアイみたいに話を赤者に完全にかき消されてしまうよりははるかにマシだったんですが・・・

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009.07.14

山形2009Ⅱ-(5)~立石寺

山形2009Ⅱ-(4)から続く)

北山形 11:53 (3835M クモハE721-6) 11:57 山形
山形 12:42 (3838M クモハE721-6) 12:58 山寺
山寺 15:44 (829M クモハ719-22) 16:05 山形

20090704no113

山形市街を一通り回った後は、山形観光の定番中の定番である「立石寺(通称:山寺)」へ。超有名観光地ですが、山形からの電車は1時間に1本程度しかないのでちょっと不便。

20090704no195

立石寺は山寺駅からもよく見えます。山寺駅横に展望台がありますが、ちょっと登ったところで立石寺の様子が変わるわけでもなく、まったくもって意味不明の展望台。

20090704no119

20090704no121

立石寺登山口までは山寺駅から徒歩10分弱。最初の階段を登りつめたところが立石寺の本堂「根本中堂」。1356年(延文元年)に初代山形城主斯波兼頼が再建したものの戦乱に巻き込まれ、その後の復興にあたっては最上氏が大きな役割を果たしたとのこと。国の重要文化財。

20090704no126

山寺といえば芭蕉やろうが・・・ 「静けさや」もへったくれもありませんが。その脇には当然ながら曾良。曾良が「奥の細道」随行後どうなったのかはだーれも知らない、知られちゃいけーないー・・・

20090704no129

山門をくぐっていよいよ本格的な登りに。

20090704no147

姥堂、せみ塚、弥陀洞を経て仁王門へ。

20090704no156

20090704no158

性相院、金乗院、中性院などを経て、ようやく奥の院到着。

ここまで1,015段あるそうですが、階段がコンクリートでしっかり固められ、途中岩で幅が狭くなっているところこそあれ、滑りやすかったり脆くなっているような箇所は全く無いので、山城攻めと比べると非常にラクチン。しかも、人が多くて渋滞しがちでゆるゆると登らざるを得ないので、汗をかくことはあっても息切れすることはなく、なんだか拍子抜けでした。

20090704no168

断崖絶壁が連なる立石寺は本来修行の場なんですが、観光客がアホほどいる上に全山観光一色で、あんまり修行の場のような感じがしないんですなぁ・・・

20090704no174

奥の院からは一転して山を下って開山堂へ。立石寺開祖の慈覚大師を祀る廟所で1851年(嘉永4年)の再建。

20090704no176

こちらは納経堂。開山堂の左手、岩の上にちょこんと建っています。山内で最も古い建物とのこと。

20090704no178

五大堂から山寺駅を望む。いかんせん人が多すぎて手すりまでたどり着くのが一苦労です。でも大汗をかいた後で涼風に吹かれるのは最高の気分。五大堂は本来五大明王を祀って天下泰平を祈る道場だそうですが、今や単なる展望台で、しかも悲しいほど落書きだらけ・・・

20090704no190

20090704no187

山を降りると、お決まりの「力こんにゃく(100円)」。「玉こんにゃく」と全く同じものをなぜか立石寺周辺では「力こんにゃく」と呼んでいます。この時季だと暑くてなかなか手が出ませんが、半ばお約束ということで。

「塩分補給にいかがですか?」との売り込みでしたが、確かに普段よりちょっとしょっぱいような・・・売れなくて煮詰まりすぎたのかなぁ???

山を降りたのと入れ替わりに後援会その他の「赤者ご一行」がバスを連ねてやってきました。立石寺であんな大集団に巻き込まれずにホンマ良かった、良かった。

P.S.

20090704no118

|-`).。oO 「浦和レッズサポーター様」って、誰だよこんなアバウトな予約を入れたのは(笑) 数千人単位で人来るやん・・・

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009.07.09

山形2009Ⅱ-(3)~山形市内散策

山形2009Ⅱ-(2)から続く)

山形は自然と温泉に恵まれ、蕎麦や果物など食い物も美味いのですが、街歩きという点では残念ながらあまりぱっとしたところがありません。県庁所在地山形市ですら街の空洞化が進んでいて、七日町辺りの市街中心部に活気が乏しいのもその一因と思いますが・・・

20090704no040

旧済生館病院本館。もともとは市内中心部に建っていましたが、1966年に国の重要文化財に指定された後、保存のため山形城二の丸内に移築されました。なお済生館自体は今も「山形市立病院済生館」として健在で、モンテディオ山形の担架スポンサーになっています。

20090704no041

初代山形県令三島通庸の命によって建築が進められ、1878年(明治11年)竣工。地元の宮大工がたった7ヶ月で西洋建築を見様見真似で建てた「擬洋風建築」で、「済生館」の名は太政大臣三条実美によるもの。

20090704no043

正面の楼閣(「三層楼」と呼ばれていたとのこと)の印象があまりにも強くてとても病院には見えませんが、楼閣の背後にドーナツ上の建物がくっついていて、そこが病棟になっていた模様。

20090704no048

でもなんとなく刑務所のようにも見え・・・

20090704no076

 山形県旧県会議事堂。

20090704no079

 山形県旧県庁舎。旧県会議事堂共々1916年(大正5年)にイギリス・ルネサンス様式を基調としたレンガ造りで建てられました。現在は共に「山形県郷土館(愛称:文翔館)」として利用されています。

 この県庁の正面から南の方角へズドーンと真っ直ぐ道が伸びていて、七日町商店街を初めとした山形市の中心部繁華街が続いています。あたかも県の威光を示しているかのようなロケーションですが、逆に言えば山形市中心部の空洞化は県庁郊外移転がきっかけのような・・・

20090704no085

20090704no089

 1901年(明治34年)竣工の旧山形師範学校本館。山形師範学校も初代山形県令三島通庸によって1878年(明治11年)に創設されましたが、本館竣工は三島が山形を去った後。

 三島通庸は明治初期に山形県令になって街道を大々的に整備し、県庁・病院・学校等の建築に力を注いでいます。旧済生館病院もその一つなんですが、政治手法は非常に強権的。住民に過酷な税・賦役を課し、自由民権運動に大弾圧で臨むなど全国的には必ずしも評判が良い人物ではないはずですが、山形に残した功績は悪評をもって余りあるということなんでしょうか・・・

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2009.07.08

山形2009Ⅱ-(2)~山形城

山形2009Ⅱ-(1)から続く)

山形駅西口から北へ歩いて10分強のところに山形城があります。山形新幹線からも山形を出るとすぐにお堀や東大手門が見られます。別名「霞城(かじょう)、霞ヶ城(かすみがじょう)」。

20090704no065

 山形城の基礎は伊達政宗のライバルとして知られる最上義光の時代につくられ、江戸期になって鳥居忠政の時代に現在の形に整えられました。

 山形城は、本丸、二の丸、三の丸が同心円状に配置された輪郭式平城。今ではほとんどその痕跡を留めていませんが三の丸がとてつもなく巨大で奥州最大どころか、全国でも屈指の広さを誇っていたとのこと。

20090704no058

 しかしそれは最上57万石あっての話で、時を減るに従って山形藩の領地はどんどん削られ、最後はわずか5万石になってしまい、当然ながら城郭の維持は困難になって荒れ放題になった模様。上写真は最上義光像。

20090704no028

山形駅西口から北へ歩くと南追手門口に突き当たります。ここから二の丸へ。後ろにちょこっと体育館が見えています。二の丸には体育館の他に博物館や野球場などが作られ、城址見学的にはかなりがっかりの部類。

20090704no029

二の丸の周囲をぐるっと水堀が取り囲んでいますが、石垣が用いられているのは門周辺だけで大部分は土塁。見栄えはあまり良くありません。

20090704no051_2

二の丸から本丸一文字門へ向けて橋が架かっています。

20090704no053

復元工事中の一文字門。本丸の石垣や塀、土塁は明治期に歩兵32連隊の兵営敷地となった際に取り壊され、お堀も埋め立てられてしまいました。

ようやく復元に着手してお堀を掘り返し、石垣をくみ上げては見たものの、門や御殿の正確な形状を知りうる古写真や立面図がなく、間取り図が残っている本丸御殿は平面復元に留める模様。

20090704no060

20090704no069

こちらは1991年に復元された二の丸東大手門。 巨大な一ノ門(多聞櫓門)と小ぶりの二ノ門(高麗門)で枡形を構成しています。この門だけを見ると最盛期の山形城がいかに巨大であったかが判るような気がしますが、その巨大さゆえに貧乏藩には維持がままならなかったようです。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009.07.07

山形2009Ⅱ-(1)~プロローグ

大宮 6:38 (つばさ101号 E326-2008) 9:03 山形

20090704no008

 朝もはよから赤者だらけの大宮駅新幹線ホーム。つい先日乗ったばかりのような気もしますが(笑)、山形新幹線「つばさ」で山形へ。

20090704no005

 大宮駅で「鯵鯖よくばり寿司(930円 NRE大増)を購入。小ぶりの駅弁なので朝食には最適です(朝食には高い気もしますが・・・・)。

20090704no013

 光り物は車内ではなかなか上手く撮れません(^^;

 能書きによると「玄界灘の荒波にもまれ、山陰地方などの漁港で水揚げされた新鮮な真鯵と、青森県八戸で水揚げされた肉厚でしっかりと脂ののった真鯖を使用したこだわりの逸品」とあります。

20090704no019

 たしかに鯖は肉厚で、これだけでビールのつまみには十分(っちゅーか、朝からビールかよ・・・)でした。日頃バッテラのペラペラな鯖ばかり目にしている者にとっては感謝感激雨あられ。ただその分しゃりはかなり小さめ。

 鯵寿司のほうはこれといった特徴はありません。小田原の「小鯵押寿司」と比べてどっこいどっこいかな? こちらはしゃりが並サイズで、鯖寿司のしゃりが少ない分、ボリュームを鯵寿司で補った格好。

 とはいってもボリューム的に物足りないのは確かなので、何が「よくばり」なのは釈然としませんが、件の能書きによると「北と南の漁港からの贈り物を一度にお楽しみいただける、とても”よくばり”なお寿司です」とのこと・・・orz

20090704no020

 山形駅到着。

20090704no022

 朝~昼の時間帯では山形駅周辺には赤者ご一行歓迎ムードはほとんどなく、そういうのはNDスタジアム最寄の天童に全部持っていかれたのかと思ったのですが、試合時刻が近づくと

20090704no213

|-`).。oO 新潟や甲府の昇格初年でもここまでやらんかったような・・・

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2009.07.03

ごらんアウェー:川崎2009(下)

川崎2009(上)から続く)

20090620no048

プレミアムモルツ500mlがなんと550円!激安! っちゅーか埼スタ(一番絞り350ml 450円)が高すぎるのか・・・orz

20090620no054_2

これなネタではなくって、確かにだんだら模様の羽織を着た係員がウロウロしているんですなぁ・・・金色の着物をだったかどうかはともかく。

20090620no057_2

アウェー新潟戦ツアーの案内。なんでも川崎は新潟にアウェーで一度も勝ったことがないどころか引き分けすらなく、文字通り全敗。

ナイトゲームなので行きは新幹線、帰りは在来線夜行を貸切。「ムーンライトえちご」のスジで帰ってくるんでしょうなぁ・・・ でも椅子が堅くて、しかも減光されない夜行列車よりバスで帰ったほうが正直楽だと思いますよ。

20090620no060_2

10連敗しても11度目がある!!

でもよりによってMQNか・・・

20090620no021_2

20090620no090_2

20090620no083_2

|-`).。oO 試合そのものは第三者的には至って低調。この日の入場料の80%はこれに払ったようなもんですな・・・残り20%がマスコット祭り。

で、一頻り歌った後、ヒデキは場内を半周して「か・わ・さ・き」と煽りながらスタジアムを去って行きましたが、ヒデキの煽りはちょっとずれているような気がしないでもなく・・・

そういえばキックオフ前にもゲストが出ていたけど、全然知らん人だったので割愛。

20090620no095_21

 っちゅーか、一緒に踊っている場合じゃないやろうが・・・ この時点で既に1点ビハインド・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.07.02

ごらんアウェー:川崎2009(上)

ヒマヒマだったので、先日川崎vs大分戦を見に行った時の記録です。

20090620no022_2

この日は「川崎市制記念試合」で各種イベントを開催。

20090620no024

メインスタジアム前には露店が並ぶようになりました。いつもは武蔵小杉駅から歩いて等々力に入り、そのままスタジアムに入ってしまうので全く気づきませんでしたが、一昔前は何にもなかったような・・・ 観客が増えてスタジアム内の売店だけでは捌ききれない、っちゅーか売店前に人だまりが出来ると通行に差し支えるので、スタジアム外の売店を充実させるようになったのかも。

20090620no023

春日山部屋は相撲部屋では珍しいことに川崎に立地。といっても川崎大師の近くですから等々力とは随分離れています。韓国出身の春日王は知らん間に十両落ち。

20090620no027

「川崎市制記念試合」関連イベントその一は「マスコット大集合」。ゆるキャラが漫然と集まってダラダラと場内を巡り、ダラダラと帰ってゆくだけの某クラブのイベントとは気合の入り方が違います。

20090620no029

炎天下で「中の人」が大変なので、20分働いて10分休み。浦和でこんな企画やったら前日から並ぶ人が出そう・・・ 記念撮影に興じる酉サポもみかけました。

20090620no032

業界再編の荒波に押し流されてしまうかもしれないピーカブ・・・

20090620no034

「てんけんくん」はともかく、ゾウは川崎市関係のゆるキャラなので外部者には全くなじみがなく・・・

20090620no037

川崎のオファーに応えてヴァン君@甲府も登場。っちゅーか、なんでヴァン君はふろん太と仲が良いという設定になっているんだろう??? 

20090620no044

 ニータンも遠路はるばるご苦労様。なおニータンは構造上長い距離を歩けないためか、しばしば台車に乗って移動。その台車をふろん太が押していたりします。

 っちゅーか、全く仕事をしないマスコットを有するサポにとっては羨ましい限りだ(´・ω・`)ショボーン

| | コメント (4) | トラックバック (1)

2009.07.01

ごらんアウェー:山形2009(7・了)

山形2009(6)から続く)

20090614150

帰りは天童駅まで歩き。国道北に見えるのは天童市街の真ん中にある舞鶴山で、有名な「人間将棋」はこの山の山頂広場で開催されます。天童温泉はこの山の真裏に位置するのでやや遠回りな格好に。

20090614190

夕食にはちょっと早い時間ですが、天童駅には駅弁がないので有名店「水車生そば」に立ち寄り。

20090614197

観光客だらけの店のせいか、さっさと供食して、さっさと帰らせる意図が丸見えの接客態度・・・・

20090614203

ここでも「板そば(1400円)」を注文。ここの蕎麦は非常に堅いことで知られています。昔は蕎麦の噛み応えが非常に楽しく感じたのですが、今となっては甘めの蕎麦汁とのアンバランスさが目立っていけませんなぁ・・・ 庄司屋よりもやや量が多いこともあって、最後はげんなり。陰の名物である「とり中華」にしたほうが良かったかも・・・

20090614212

その試合は昨日終わっとるがな・・・

20090614213

天童温泉はまっ平らな市街地に大型温泉旅館が建ち並んだ、関東周辺でいえば石和みたいな温泉地で、開湯も明治末期と歴史も浅め。

20090614219

天童駅に着いた頃にはすっかり日も陰り、風も冷たくなってきました。

20090614222

天童が「織田の里」とは随分珍妙な気がしますが、1830年(天保元年)に織田信美が天童藩を立藩したことから来ている模様。織田信美はボンクラのイメージが強い織田信雄(=信長次男)の末裔です。

天童 17:54 (つばさ128号 E326-2005) 20:30 大宮

|-`).。oO なんとか山形戦本番までに完結できました・・・・

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009.06.30

ごらんアウェー:山形2009(6)

山形2009(5)から続く)

20090614173

メインスタンドの外観はちょっと万博に似ていなくもないような、そんな「んだスタ」。

20090614164

20090614168

驚いたことに、サテライトゲームにも関わらず本格的な屋台がいくつも出店していました。いつもこうなのか、あるいは赤サポの行動を根本的に勘違いして浦和戦だけ屋台が出て来たのかは判りませんが・・・ でも3300人弱の観客が集まったので、売店を出したのはあながち外れではなかった模様。

20090614172

せっかくなので山形名物「冷肉そば(500円)」を賞味。そば自体は立ち食いそば屋のそれと全く変わらず寂しい限りですが、鶏肉ふた切れをはじめそこそこ具沢山でスタ飯としては十二分な出来。冷やっこい蕎麦汁は「冷やしたぬき」等の汁よりも薄くて、心持ち甘め。

20090614177

メインスタンド内にも売店が出ていましたが品揃えはイマイチで、外の屋台で買うほうが遥かによさげ。

20090614183

山形のコアサポはサイドスタンドの「付櫓」みたいな区画を占拠。サテライトゲームなのに妙にテンションが高いのが不思議・・・ でも久しぶりに「念仏」を堪能させていただきました。

20090614179

経費節約のためか電光掲示板は使用せず、バック側中央に小さな時計とスコアボードが鎮座。

20090614185

平川のキャプテンマークなんて、生涯二度と見ることはないないかも・・・

ちなみにこの試合のレフリーアセッサーは上川徹さん。結構美味しいところを持っていったような(^^?

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009.06.25

ごらんアウェー:山形2009(5)

山形2009(4)から続く)

山形 12:28 1433M クモハ719-5002 12:42 高擶

20090614133

山形駅から1時間に1本くらいしかないローカル列車で高擶駅へ。サテライト戦は山形駅・天童駅からのシャトルバスが出ないので高擶駅から歩くのが最も近いんですが、いかんせん列車の本数が少なすぎてアクセスルートとしては機能していないのが実情。でもそんな高擶駅から「NDスタジアム(通称:”んだスタ”)」へ歩くのは実は2回目だったりします。

【あまり実用的ではない”ROAD to んだスタ"】

20090614139

驚いたことに明らかな赤サポが二人下車しました!

20090614138

小さくて気づきにくいのが難ですが、高擶駅から「んだスタ」へのルートも図示されています。

20090614140

図にもあったように「んだスタ」は駅出口から線路を挟んで反対側にあり、駅北側の地下通路で線路をくぐるのがポイント。

20090614141

地下通路をくぐると何の変哲も無い住宅地に出ます。この住宅地をひたすら東へ直進。

20090614142

パチンコ屋や飲食店が建ち並ぶ、国道13号にぶちあたりますので、そこを北進。

20090614143

やがて右手に楕円形の照明塔が見えてきますので、あとは適宜それを目印に進めばいいかと思います。

20090614148

近くに「セーブオン」がある交差点を右折するのが一番判りやすいかな?

20090614152

20090614154

ちなみに天童駅まで歩いて帰る勇者には、北側にある公園出口もチェックしておきましょう。"Pasonic"の工場("セーブオン"の写真の右奥に青い広告塔が小さく映っています)が北側公園出口の目印です。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009.06.24

ごらんアウェー:山形2009(4)

山形2009(3)から続く)

かみのやま温泉 10:51 (つばさ105号 E322-2008) 11:00 山形

20090614120

上山から歩を進めて山形駅へ。何時の間にか駅前のベデストリアンデッキが完成して、駅周辺への行き来は楽になりましたが、残念ながら山形の街の中心は駅からかなり東に離れていて駅前は寂れています。

20090614123

駅構内は昔に比べて賑やかになりました。改札口前・構内通路のど真ん中に観光案内所なんて前からあったっけ?

20090614126

モンテディオなんてかつては街中では全然存在感なかったのに、J1昇格で告知活動もそれなりに盛んに。

20090614118

昼飯は駅から南へ10分ほど歩いたところにある「庄司屋」へ。江戸末期から続く老舗です。

20090614111

「板そば(1400円)」を注文。山形に来たらこれですわ。黒味がかってやや堅めの田舎蕎麦が大好き!器の大きさに圧倒されますが、実際は2人前程度で大したことはありません。東京風の白くて細くてのど越しの良い更科蕎麦と田舎蕎麦を半々にした「あい盛り」を頼んでいる方もちらほら。

20090614109

後々蕎麦湯を楽しむことを考えると蕎麦汁がちょっと少ない(東京の蕎麦汁ほど辛くないにも関わらず)のが残念。

20090614107

梅雨に入ったばかりで観光シーズンとはいい難いためか、あるいは単に昼飯にはちょっと早いためか店内は閑散。食べ終わるタイミングを見計らって蕎麦湯が出てきました。

支払時に奥を覗いたら蕎麦打ち職人が揃いも揃って若いのにびっくり(20代かな?)。最近代替わりしたのかもしれません。すると専ら接客に当たっていたお嬢さんはアルバイトじゃなくて女将さんなんでしょうか・・・

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009.06.23

ごらんアウェー:山形2009(3)

山形2009(2)から続く)

湯巡りだけして帰るのもなんなんで、周辺をしばし散策。

20090614039

下大湯脇に建つ「観音寺」。1109年(天仁2年)に道寂和尚が開山したのが始まりとされています。

上山は城下を羽前街道が貫通していて、城下町であると同時に温泉を擁する宿場町としても栄えたようで、観音寺境内には宿場町には付き物の飯盛女の供養塔も立っていました。上山藩はたかだか3~4万石の小藩に過ぎないので、城下町というよりは宿場町の様相が濃かったかも。

20090614026

奥に見えるのが上山城。3重3階の天守が建っていますが、往時の姿は判っていないので「パチモノ」であるのみならず、市街地からの眺望を重視したのか、この天守はなんと二の丸に建っています。本丸は現在神社になっており、かつては3重の天守が建っていたそうですが、1692年(元禄5年)の土岐氏転封後、幕府の命により跡形も無く破壊されたとのこと。

20090614019

上山はなぜか「かかし」を街のシンボルマークとしています。 後で調べたら上山は「かかし祭り」が街の一大イベントなんですね。

20090614057

20090614062

小なりといえども一応城下町だったので武家屋敷が4軒残っています。但し、今も住居として活用されているため、あちこち現代風に改装されているのが丸見えなのが興ざめですが・・・

20090614020

20090614054

かみのやま温泉はせっかく共同浴場が散在しているにも拘らず、湯巡りを楽しむような雰囲気・造りになっておらず、古くからある温泉資源を生かしきっていない感じ。足湯をあちこちに作って努力はしているようですが・・・

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009.06.17

ごらんアウェー:山形2009(2)~続・かみのやま温泉

山形2009(1)から続く)

20090614050

下大湯を出た後は、駅方面に戻って今度は新湯地区へ行ってみました。 下大湯周辺には旅館・ホテルがさほど目立たなかったのに対し、新湯地区には大型ホテルが立ち並んでいます。といっても、どれもこれも元気なさげですが・・・

20090614072

20090614074

共同浴場「澤の湯」はホテルの陰に隠れた非常に判りにくいところにありました。こちらも入浴料100円。

20090614078

下大湯とは対照的にこじんまりとした共同浴場で、先客が一人出て行った後は誰一人やってきません。浴室の中には円形の湯船が一つだけ。

20090614082

壁面は鶴のタイル絵。

肥前の僧、月秀が1458年(長禄2年)に上山を訪れた際、沼のほとりで足を痛めた鶴が脛を浸して治ったのを見て、温泉を見つけたのが上山温泉の始まりとされ、タイル絵はそれに因んだものでしょう。

温泉街は湯町と新湯で別れていますが、温泉そのものは集中管理されていて下大湯と同じ湯の模様(上山温泉1号源泉、上山温泉2号源泉混合泉)。こちらも熱めで、長湯には不向き。

20090614049

上山には下大湯、澤の湯を含めて7軒共同浴場があります。こちらは下大湯に比較的近い「中湯」。

20090614087

20090614090

こちらは駅から比較的近い「二日町共同浴場」。上山唯一のショッピングセンター「カミン」の裏にある大型共同浴場で、なぜか「あいさつ浴場」という別称がついています。他では無愛想なんかとツッコミを入れたくなるのが心情。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009.06.16

ごらんアウェー:山形2009(1)~かみのやま温泉

大宮 6:38 (つばさ101号 E329-1001) 8:54 かみのやま温泉

20090614002_2

 来月また山形に行く予定なんですが(^^; サッカー絡みで山形に行くことなんてそうそうないので、土日きっぷを握り締めて日帰りでサテライト観戦に出かけてきました。

20090614004

 前日の大勝に気を良くして、朝から駅弁を購入。NRE大増の「彩りちらし(850円)」。いくら・鮭・かに・海老・筍・人参・椎茸煮・錦糸卵が小さめの容器に並んでいます。内容は可もなく不可もなく。量が少なめなので朝食にはぴったり。

20090614096

20090614017

 大宮から2時間半ほどで「かみのやま温泉」駅到着。上山温泉は山形市から10kmほど南にあり、古くは同じ山形県の湯野浜温泉、福島県の東山温泉と共に「奥羽三楽郷」に数えられたとの話も。温泉街は湯町、新湯など7地区に分かれています。

20090614028

 とりあえず駅から10分ほど歩いて湯町にある「下大湯」へ。「下大湯」は1624年(寛永元年)に上山藩主松平氏が湯町にあった「下ノ湯」をこの地に移して一般に開放したもので、町内では初の共同浴場と伝えられているとのこと。

20090614038

入浴料はなんと100円。朝から近在の爺さんたちで10数人もやって来て賑わいを見せていました。

浴室は広々としていますが、湯船がこれまた大きく、浴室の7割がたが湯船。爺さんたちが湯船の縁に残ったわずかなスペースにへたりこんで思い思いに体を洗っています。

20090614035

蛇口のハンドルが全部外されているのを不審に思っていたのですが、「髪洗券(100円)」を買うとハンドルがもらえる仕組みのよう。しかもそのハンドルに巨大なプラスチック札が付いています。

浴室の壁には蔵王のお釜と上山城の絵が。ともにほとんど痛んでいないところを見ると最近架け替えられたのかも。

湯はナトリウム・カルシウム-塩化物・硫酸塩温泉で無色透明・無臭。掛け流しですが、源泉温度が64.9度と熱いため水道水で加水しているとのこと。湯温もやや熱めで、この季節になるとなかなか汗が引かないのが困り物。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009.05.25

【備忘録】大宮戦@埼スタ2009

自分用に2年ぶりの「アウェー大宮戦@埼スタ」で感じたことをメモっておきます。

・雨だったので久しぶりにSRで埼スタへ。浦和美園駅は普段の浦和仕様そのまんま。でも駅改札口前には、いったん撤去されて岩槻の人形が置かれていたはずのコーナーに大宮グッズが復活していました。

・大宮の運営が極めてどん臭いのは毎度のことなので、開門時間をちょっと過ぎたくらいに待機列へ。待機列は何列かに分かれていましたが、自分の列は何列目なのか判らず。雨の中1時間も立たされてやっと入場(=キックオフ2時間前)。圧倒的に多いビジターを北門だけで捌くっちゅーのに無理があるのは明白なんですが・・・

・バックスタンドの客とサイドスタンドの客は北門をくぐったところで分離。バックスタンド内ではゲート毎にチケットチェック。

・この日はカテゴリー2で観戦。いつもの席(笑)を楽々確保。でも、バックロアー上層階の売店はやっていませんでした(´・ω・`) ショボーン  ここがやっていないと飲食物の買出しが面倒なんだよなぁ・・・

・観客数は37,000人ちょっと。メイン&バックともほとんど人がいなかった新潟戦@埼スタの観客数を19,448人と報じた大宮なんで、浦和戦は75,000人とかありえない数字でも叩き出してくれるかと思ったのですが至って穏当な結果に。

・37,000人というのはロアーがほぼ埋まったのと等しい勘定になりますが、実際は南サイドスタンドがガラガラだったところを見ると、南の空き相当分がバックアッパーにいたというところでしょうか。

・07年浦和戦@埼スタより4000人ほど増えているのはバックアッパーを開けた効果でしょうな。

・試合中は雨が上がり、強い陽射しも照りつけるほどでしたが、帰る頃には再び雨。帰宅後には雷雨に。スタジアム周辺でうだうだしていたら大変な目に会うところでした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.05.22

ごらんアウェー:大分2009

(行き)
羽田空港 13:20 (JAL1789 B767-300) 15:00 大分空港
大分空港 15:10 (大分交通)  16:10 大分駅前

(帰り)    
大分駅前 6:16 (大分交通)  7:16 大分空港
大分空港 8:20 (JAL1782 B767-300) 9:50 羽田空港

今回の大分遠征は観光色皆無。水曜の午後と木曜の午前を休んで、試合観戦以外は往復と睡眠に費やすだけという非常に寂しいものでした。マイル特典を利用したので金銭的にはさしたる負担でないのが救いといえば救い。

20090520no003

大分空港からの大分直行バス。高速道路を伝って別府を経由せずに大分に直接入るバスっていうのがあるんですな。日出で高速を降りて、あとは別府湾沿いにだらだら国道10号を行くルートしかないものと思っておりました。高速経由だと国道10号の渋滞に巻き込まれずに済むメリットがありますが、高速自体が別府湾から遠く離れた山奥までぐるっと迂回しているので、時間短縮効果はさほど大きくなかったような・・・ とにかく大分空港は遠い。

20090520no005

いつものマクド前の九石ドーム行きシャトルバス乗り場も閑散。

20090520no013

観光なしの代わりに、がらがらの「九石ドーム」を暇に任せて散策してみました。

20090520no016

今回の目玉は「ニータン焼き」。まぁ単なる回転焼ですが、甘さ控えめでまずまずでした。130円也。

20090520no009

「周作焼き」はともかく、「社長焼き」っちゅーのは酉サポ的には今となっては微妙なんでは?

20090520no037

まとめ買いすると選手イラスト入りの箱に入れてもらえます。

20090520no022

ホームゴール裏の屋台村にも入ってみました。焼き鳥の脂交じりの煙がすごいんすわ・・・

20090520no021

巨大な「ニータンフワフワ」

20090520no023

人気商品が全く判らないので、行列の長そうなところに並ぼうとしたら、それは「広島焼き」だったり・・・

20090520no026

20090520no029

あれこれ迷っていても仕方ないので、上写真の売店で「とり天」を購入。ビールのアテには十分な量。タレとして付いているのはカボス汁入りの酢醤油。作り置きですが、まだ揚げた後の温もりが残っていたこともあってなかなかにおいしゅーございました。

20090520no027

九石ドームのビールはサッポロ。350mlが500円と埼スタより高い! それはともかく、昔はリユースカップを採用していたはずですが、何時の間にか止めてしまったようです。

20090520no036

さらに余勢を駆って、「トリニータ鍋」にも挑戦。麺がうどん・ちゃんぽん・だんご汁と選べるのがポイントで、もちろんだんご汁をチョイス。

20090520no041

とにかくでかい!!! 同じく馬鹿でかいことで知られる昨年のシーチケホルダーを比較対照のために置いてみました。残念ながら具は寂しく、煮込み加減もイマイチ、かつ麺はまるできしめんのような薄さでしたが、500円で腹を満たすものとしては上出来でしょう。

20090520no068

ボールボーイ(この日は鶴崎工サッカー部)が「Y.M.C.A」の曲に乗って出てくるのはいいんですが、「O.I.T.A」と振りつきで踊るんですわwww

20090520no034

リアルニータンは特段何をやるといった風でもなさそうでしたが

20090520no073_2

闇夜の中、ライトを受けてビジターを威嚇するように立っているニータンフワフワってちょっと不気味www

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2009.05.19

ごらんアウェー:エコパ2009-2(4・了)

エコパ2009-2(3)から続く)

20090429no120

先月来たばかりのエコパ。当然ながら新鮮味も何にもありませんが、先の磐田戦より観客数が多いのはスタジアム前の賑わいで一目瞭然。っちゅーか、清水よりもエコパに圧倒的に近い磐田のほうが観客数が圧倒的に少ないってどういうこっちゃねん?

20090429no118

このリフトが動いているのを久しぶりに見たような・・・

20090429no121

スタジアム前では綺麗どころが揃って記念撮影。なんでも近々開港する静岡空港を拠点とする「フジドリームエアラインズ(FDA)」の記念イベントで、FDAが飛ぶ金沢・熊本・鹿児島からミスなんとかを呼び寄せた模様。頭に灯篭を載せているのは「ミス山鹿@熊本」。

調べてみるとFDAはなんと鈴与の100%子会社。鈴与、死ぬなよ・・・

20090429no122

20090429no126

行列がなかったので、半ば惰性でつい「富士宮やきそば(500円)」を買いましたが、残念ながら全然だめ。最初にエコパで食った時はスタ飯としてはかなり美味いほうだと思ったのですが・・・ 焼きたてじゃなくて、作り置きを売っている時点で味に期待するべきじゃないのかもしれませんが。

なお過去の記録を読み返したら100円値上げしてました。

20090429no134

スポンサーが違うと言ってしまえばそれまでですが、清水と磐田って場内CMで被るものが全くないような・・・ 上写真のテレ静は双方で流れていてもおかしくないCMですが清水戦でしか見かけないような・・・

20090429no139

「ヤッターマン」を演じていましたがドロンジョはなし。中の人が代わったと噂されるパルちゃん。動きに切れがなくなったとの評価が専らのようですが、当方には判らず。

20090429no152

GWに突入したにも関わらず赤サポの数は磐田戦と似たり寄ったり。2Fはやはりガラガラ。

20090429no153

ぎやぁーーー!!!

20090429no158

清水からも近いとは言いがたくて大変でしょうが、来年もひとつエコパでよろしくお願いします。

でも行きも帰りもサポが呉越同舟って、なんだか地方開催の天皇杯みたいな感じも・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.05.14

ごらんアウェー:エコパ2009-2(3)

ごらんアウェー:エコパ2009-2(2)から続く)

20090429no047

 川根温泉は掘削で噴出した温泉ですが、地下1140mから毎分800リットル以上もの大量の湯が噴出し、「源泉掛け流し」を売り物にしています。静岡県も伊豆を除くとさほど温泉に恵まれているとはいいがたいせいか、「道の駅」を併設する川根温泉には朝から近在の人々が詰め掛けている他、ツーリング軍団の姿も。

20090429no044

 川根温泉は源泉掛け流しもさることながら、抜里~笹間渡間の鉄橋を渡るSLを露天風呂から堪能できるというロケーションの良さも売り物の一つ。但しさすがに露天風呂に浸かりながらSL見物とはいかず、風呂から出て仁王立ちになってSLを眺める格好になります。(※写真は戸外で撮影したもの。)

20090429no017

 大井川鉄道では格安の「川根温泉クーポン」を売り出していましたが、残念ながらこの温泉に行くために大井川鉄道に乗る人は僅少でしょうなぁ・・・

20090429no042

 川根温泉笹間渡駅から温泉までは線路沿いに徒歩5分程度。

20090429no052

 受付でクーポンを渡すを「入浴札」なるものを渡されました。廊下を伝って離れにある浴室で入浴札を渡してくれとのこと。いったん風呂から出て再入浴したい客には「再入浴札」を渡してくれるとのこと。

 湯はナトリウム-塩化物泉。ややぬるぬるっとしますが、塩素臭のない温泉は実に心地よいもの。

 湯量に恵まれている割には内湯・露天風呂ともやや手狭な印象。それゆえ入浴札で入浴している客数を勘定し、場合によっては入場制限をかけているのかも。経営主体は「株式会社川根町温泉」と第三セクターっぽいんですが、捨てるくらい湯が沸くなら浴室を増設してもいいはずですが・・・

 浴室は手狭ですが、休憩室兼食堂は充実。地元のお年寄りが一日中飲み食いして風呂入って帰るというニーズに応えています。まぁ浦和の場合は「埼スタで一日中飲み食いして試合見て帰る」になるわけですが。

20090429no059

「川根そば」。塩焼きそばで香ばしい小海老は嬉しいのですが、焼きそばなのにそばが干からびているっちゅーのか・・・

20090429no070

駅へ戻る途中の茶畑で、絵になりすぎる茶摘。女子大かなんかのイベントでしょうか?

20090429no043

こちらは現実の茶摘。

川根温泉笹間渡 12:19 (大井川鉄道 16103) 12:54 新金谷
金谷 13:52 (779M クハ312-2303) 14:12 愛野

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009.05.13

ごらんアウェー:エコパ2009-2(2)

エコパ2009-2(1)から続く) 

金谷 9:16 大井川鉄道 16003 9:54 川根温泉笹間渡

金谷駅で大井川鉄道に乗り換え。

20090429no015

20090429no019

 大井川鉄道に乗るのは10数年ぶりだと思いますが、起点の金谷駅は何の代わりもなく、ローカル中小私鉄らしい佇まい。

20090429no016

 GWらしくSLは既に満席。

 大井川鉄道はSLの動態保存でよく知られていますが、当然ながらSLばかりが走っているわけではありません。ローカル輸送の主力は電車で、しかももともと関西で特急として走っていた電車を譲り受けて走らせています。

20090429no021

 行き・帰りに乗ったのはもともと近鉄南大阪線・吉野線で活躍していた16000系。ちなみに近鉄南大阪線は大阪線や名古屋線とはレールの幅(軌間)が異なり、JRと同じ狭軌を採用しているっちゅーのは豆知識。

乗り合わせた旅行客は関西から来た方のようで「近鉄や!近鉄や!」と大はしゃぎ。

20090429no080

 トイレが閉鎖されたのとワンマン化改造を受けた以外は近鉄時代そのままで使用されています。

20090429no101

 他に南海高野線の通称「ズームカー」(21001系)ともすれ違いましたし、新金谷駅で京阪の「テレビカー」(3000系)が休んでいるのも見かけました。ただ16000系が今の主力を成しているようで、帰りも同じ16000系。他の形式車両に乗ろうと思えばそれなりにダイヤを研究しないといけないようです。

20090429no082

 大井川鉄道は途中抜里駅まで大井川の西岸を北上します。この時期は水量が少なく広大な河原ばかりが目立ちます。

20090429no026_2

 神尾駅で見かけた「たぬき村」。たぬきの焼き物がホームに沿ってずらっと並んでいる様はユーモラスでもあり、壮観でもあり。

20090429no032

 沿線は茶畑だらけ。「川根茶」というブランドで売り出し中。

20090429no040

 抜里~笹間渡間で大井川を渡って川根温泉笹間渡駅到着。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009.05.12

ごらんアウェー:エコパ2009-2(1)

間に3試合も挟んだためか、随分昔の話のような感じがしますが、実際は2週間程度しか経っていないんですな。今更ながら清水戦@エコパの「ごらんアウェー」です。

東京 7:03 (ひかり461号 727-457) 8:06 静岡

先月行ったばかりのエコパに再び遠征。先月は18きっぷで鈍行の旅だったけど、今回は新幹線なのでラクチン。

20090429no002

朝から「謹製五目ちらし寿司(880円)」。 東京駅構内の「旨囲門」で購入。東日本各地の駅弁が買えることで知られる「旨囲門」ですが、さすがに早朝に地方ものは入荷しておらず、他の駅弁売り場と同じような品揃え。

 紙のパッケージには製造業者の名が見えず。たぶんNRE製なんだろうと思ったのですが、原材料等を仔細に記したラベルをよく見ると「販売者 株式会社笹八」とありました。しかし箸袋やお手拭の袋には「中谷本舗」とあって実に奇妙。どちらも奈良県吉野郡上北山村にあるようですが、前者は上北山村の西原、後者は同じ村の河合にあって微妙に違います。

20090429no003

 五目ちらしそのものは見た目そのまんまで、鮭・えび・穴子・いくらといった海産物を目玉に鶏照り焼き、山菜、きんぴらごぼう、たけのこ等を添えたもの。総じて可もなく不可もない、地方色皆無の東京駅らしい駅弁です。

 でもこれをなんで奈良の山奥の会社が東京駅で製造・販売しているのか、その謎が実に味わい深かったりします。

静岡 8:17 (735M クモハ211-6009) 8:49 金谷

20090429no011

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009.04.27

ごらんアウェー:千葉2009

この日は豪雨。雨風に弱いJR東日本千葉支社管内なので、万が一のことを考えて早めに蘇我入り。とはいっても狭いスタジアムに早々と入っても仕方ないので周辺でダラダラ時間を潰して、試合30分前くらいに入場。よってスタジアム内外のこれといった発見はなし。

あえていえばフクアリ名物「○んこクラッシャー」がいつの間にかなくなっていたことくらいでしょうか。スタジアム前の商業施設が完成した時になくなったのかなぁ・・・

20090425no014

さすがに待機列には誰も残っていませんでしたが、ゲート前には千葉県警察がうじゃうじゃ・・・

20090425no021

|-`).。oO そんな心にもないことを・・・

20090425no032

千葉名物「残留」の大ダンマクはまだ張られず。

20090425no029

キックオフ10分前になってもバックスタンドにはまとまった空席が。

フクアリの観客数は年々増加していますが、看板に空きができたり、やむなく親会社が埋めたりしているのは残念なことです。

20090425no034

しばらくフクアリに来ることはないかも・・・

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2009.04.22

ごらんアウェー:豊田2009(下)

ごらんアウェー:豊田2009(中)から続く)

20090412no157

中岡崎 13:11 (2165H クハ210-5303) 13:37 新豊田

岡崎からは愛知環状鉄道で豊田入り。でもそのまま名古屋まで乗り入れるせいか、やって来たのはJR東海の車両でした。

20090412no162

試合開始2時間も前からスタジアム入りしたところで、スタジアム内外でイベントをやっているわけでもなければ、食事情も悪い豊スタで時間をもてあますのは必定。でも半ば習性で早め早めに行ってしまうんですなぁ・・・(´・ω・`)

20090412no170

いつの間にか豊田スタジアムの屋根が直っていました。まさか今度は閉めっ放しじゃないでしょうなぁ・・・

20090412no169

見事に名古屋を返りうち。赤壁は微動だにせず。こういうコラボ広告は結構好きなんですが浦和では実現しないでしょうし、やろうともしないでしょうなぁ・・・ 川崎が最も得意とするところですが。

20090412no179

監督までCMに登場www さすがに監督は「名古屋勝て、頑張れ」とは言いませんでした。

20090412no193_2

球技専用競技場で練習見学サービスをやるところって他にあったかなぁ・・・ でもどう見ても浦和の練習を見ているとしか思えない方々も・・・

20090412no190

磐田戦@エコパでも感じたことですし、すでにこちらでも指摘されていますが、遠方アウェーに行く赤サポの数は今年大幅に減少しています。2Fはがらがら。もっとも1Fはすし詰め(っつーか、赤サポが好んでそうなんているのだが)なので、来年いきなりビジター側2F閉鎖という措置は取られないと思いますが・・・

まぁ瑞穂や万博でビジターチケの心配なんて要らなかった昔に戻りつつあるといえばそれまでですが、チーム状態・ゲーム内容が昨年より大きく改善しているにも関わらず、ファン・サポーターの数が減っているというのは誠に残念なことです。

*以前は隅に飛行機型のバルーン(=ユナイテッド航空の広告)が置かれていたのですが、何時の間にかなくなっていました。万博の電池や西京極の椅子みたいに長続きするものってありそうでないですな。

豊田市 18:22 (名古屋市交 3857) 19:10 伏見
伏見 19:13 (名古屋市交)  19:16 名古屋
名古屋 19:30 (のぞみ46号 725-3304) 21:13 東京

20090412no204

早めに名古屋駅に着いたので、指定席を「のぞみ48号」から大幅に前倒し。車内で駅弁でもと思ったのですが、名古屋の駅弁って夜には重いものばかりなんですなぁ・・・ 夜に「味噌カツ」とかよー食わんし・・・ っちゅーことで、今晩はつまみだけで終了。

快勝の後は少々飲みすぎてしまいました(^^; もっとも惨敗でも飲みすぎてしまうわけですが。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009.04.21

ごらんアウェー:豊田2009(中)

ごらんアウェー:豊田2009(上)から続く)

20090412no086

 昼食は中岡崎駅前にある「大正庵釜春」へ。3Fくらいまでありそうな巨大店舗。

 元来「釜揚げうどん」が売り物の店ですが、名古屋圏、しかも八丁味噌の本場に来て「釜揚げうどん」という選択はありえません。当然の如く「味噌煮込みうどん(1100円)」を注文。ただ周囲を見渡すと釜揚げうどんを食べている客がほとんど。他に味噌煮込みうどんを食っていそうなのはレプリカ着用の赤サポ1名だけだったかも・・・

20090412no090

 うどんはやや固めながらもごくごく普通。山本屋みたいな生煮えと勘違いするほど歯ごたえの強い麺を期待するとかなりがっかりさせられます。また底で焦げついてしまった麺もあり、このあたりが八丁味噌の本場でありながら「味噌煮込みうどん」は品揃えの一つでしかなく、特段力を入れているわけではないことを実感させられます。

 しかし濃厚かつ深みのある汁には大満足。韓国料理の「コチュジャン」同様、何を食っても同じような味になってしまうほど強烈な八丁味噌ですが、煮込みだと店によってコク、味の深みに差が出ます。

 具は肉厚の椎茸、半熟状の玉子、鶏肉、長ネギ、かまぼこ、油揚げ等々値段の割りに具だくさん。

 特筆すべきなのは量が多いこと。「味噌煮込みうどん」は別途ライスをつけるか、1.5人前にしないと満足できないのが通例ですが、ここのはデフォルトで1.5人分くらいあったような・・・

20090412no108

 岡崎の観光名所(?)「八丁蔵通り」は非常に狭い上に、ちょうど通りの中央にある蔵が修復中で景観を損ねていることもあってがっかりの極み。

20090412no121

 ついでに八丁味噌の工場「カクキュー」を見学。今や八丁味噌を作っているのはここと隣の「まるや八丁味噌」の2社しかないとのこと。先ほどの「八丁蔵通り」はちょうどカクキューの工場の裏に当たります。

カクキュー本社は何とも微妙なデザイン(「石屋製菓」の工場を思い出しました。)ですが登録有形文化財。昭和2年に建てられましたが今なお現役。

 工場は自由見学ではなく30分毎にガイドが案内する方式で、暑い中中庭でしばし待たされました。

20090412no133

20090412no140

 1回あたり30~40人くらいが狭い資料館や味噌蔵をぞろぞろついて歩くので、ガイドから遠い位置にいたり、写真撮影でよそ見をしたりしていると何の説明をしているのかさっぱり判らないまま30分が過ぎてしまいます。

 NHKの朝ドラ「純情きらり」の舞台になって間がないのでその関係のパネルが多いのですが、それらは撮影禁止。「純情きらり」効果でその年は観光客が激増したとのこと。

20090412no145

20090412no150

 ほのかに味噌の香りが漂う味噌蔵も公開(夏は発酵が進んで臭くてたまらんかも・・・)。巨大な桶は一度作ると300年保つとのこと。ただ竹の「たが」はそれを作れる職人がいなくなってしまったので、今は鉄のワイヤ製。但し鉄だと味噌桶内の塩で錆びてしまうので何年かに一度交換の必要があるそうです。

 ツアーの最後に八丁味噌並びに赤出し味噌の味噌汁、そして味噌田楽をちょっとだけ試食。ずらっと並んで小さな紙コップで味噌汁の配給を受け、少々侘しい感は否めませんが、赤出しと比べると八丁味噌だけの味噌汁は単調な味わいだったかな?

20090412no154

 工場見学が終わるとお土産に赤だし味噌をもらえます。なんともお得な工場見学ですが、かろうじて桜の季節に差し掛かったこともあってか、お客さん多すぎですな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.04.16

ごらんアウェー:豊田2009(上)

川口 6:10 (613A モハE232-1202) 6:38 東京
東京 6:56 (こだま633号 325-545) 9:11 豊橋

20090412no001

朝から腹が減ったので東京駅で駅弁を購入。JR東海パッセンジャーズ「鶏づくし(950円」。

20090412no007

 蓋を開けたら、どこからどう見てもご飯のおかずというよりは酒のつまみに相応しい品々が並んでいました。朝からなんですが、「こだまならビールにでも飲んでごゆるりと行け!」という神の声なんだと信じて慌ててビールを買いに行く始末。

 「鶏づくし」の名の通り、鶏つくね煮・鶏もも肉煮・鶏もも塩だれ焼・蒸し鶏梅チリソース和えとおつまみが並び、ご飯物として鶏めしをセット。鶏めしはかなり薄味で、これ単体としては物足りないと思いますが、つまみ群の味を引き立てるにはかえって味控えめのほうがいいのでしょう。

鶏軍団の他には大根の煮物やがんもどきといったつまみ系、さらに玉子焼・かまぼこなど。いやはや、朝からビールがおいしゅうございました。

 JR東海Pは「貝づくし」という駅弁も出していたかと記憶していますが、一連のシリーズ物なんでしょうか?

20090412no011

豊橋 9:23 (名鉄 3606) 9:48 東岡崎

20090412no019

豊橋で名鉄へ乗り換えて東岡崎で下車し、岡崎城へ。岡崎城周辺は公園として整備されており、見ごろは過ぎたものの「桜まつり」の最中でした。木々の向こうに天守がちょこっと顔を出しています。今週で桜は終わり。今年は都内で花見らしい花見をしていないので、良い時期の「ごらんアウェー」になりました。

20090412no026

岡崎城は乙川(菅生川)と矢作川の合流点にある丘陵を利用して建てられています。水運に恵まれ、「5万石でも、岡崎さまは、お城下まで船が着く」 と謳われたとのこと。

20090412no039

大手門。本来の位置とは全く違うところに建てられていて、事実上観光用の大道具に過ぎませんが、しだれ桜は見事なものです。

20090412no033

岡崎は徳川家康の出生地として有名。もっともとうの家康は桶狭間の戦い後に岡崎城を取り戻してからわずか10年で浜松に居を移しています。

しかし、徳川政権下では岡崎城は家康出生地として重要視され、代々譜代大名が城主になりましたが、岡崎城が近世城郭として姿を整えたのは豊臣家臣の田中吉政の時。もっともその田中も関が原では徳川方についています。

今の姿からは想像できませんが、最近の発掘結果によれば往時は東海地方屈指の巨大城郭だったのが確認できた模様。譜代大名ゆえしょっちゅう幕閣に参画させられて何かと物入りにも関わらず、たかだか5万石の岡崎藩では城の維持・管理が大変だったようです。

20090412no054

こちらは三方原で武田軍に敗れた後に描かせたといわれる肖像画をもとに造られた家康像ですが、寄贈者はなんと徳川宗家18代当主。

20090412no048

岡崎公園内には徳川四天王の1人として有名な本多平八郎の像も。しかし平八郎自身が岡崎城主になったわけではありません。はるか後年になって平八郎直系の子孫が岡崎藩主になったので、全く無関係というわけでもないのですが・・・

20090412no069

1959年に古写真等に基づいて鉄筋コンクリート造りで復興(最上階に往時にはなかった高欄が付加されていたりするので「復元」と呼ぶかどうかは微妙・・・)された岡崎城天守。手前の2本の松が邪魔・・・ 天守を綺麗に撮るには近隣の高層ビルから松を外して望遠で狙うしかなさそう。

20090412no065

20090412no077

残念ながら岡崎城は公園としては立派に整備されていますが、城郭自体を観光の対象としようとする意識はあまり見受けられません。深い空掘だとか、虎口の石垣だとか、それなりに遺構はあるにはあるんですが、それらの案内はなく、誠に残念です。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009.04.15

ごらんアウェー:新潟2009(下)

ごらんアウェー:新潟2009(上)から続く)

20090405no018

 現在NHK大河ドラマで放映中の「天地人」。新潟県が舞台でJR東は「天地人」絡みの観光に力を入れていますが、新潟市自体にはあんまり関係ないような・・・新潟が港町として発展したのは江戸時代以降の話だし。

でも上杉藩はその後会津→米沢とJR東日本管内をうろうろするので、JR東的にはおいしゅーてたまらんでしょうなぁ・・・

20090405no044

 新潟駅南口は来る度に変わります。いつのまにか巨大なバスターミナルが出現。ビッグスワン行きのシャトルバス乗り場もここに変わるのかな?左側にちょこっと見えている白い建物は巨大なビックカメラ。

20090405no053_2

新潟 13:00 (1540M クモハE127-8) 13:05 白山

20090405no063

 新潟市陸上競技場へは新潟からバスで行くのが定番ですが、18きっぷを徹底的に利用すべく越後線に一駅乗って白山駅からアクセスしてみました。

20090405no058

20090405no059

 一度見ておきたかったのが越後線からの陸上競技場。スタジアムから越後線の電車がウロウロしているのが良く判るので、その逆を確かめておきたかったのです。

 スタジアム案内には「白山駅から徒歩12分」とありますが、それより若干短い感じ。試合が終わってすぐにスタジアムを出たら16:02の電車に乗れました。

20090405no064

 白山駅からスタジアムへ行く途中、NHK新潟の横を通ります。でも「たわらん」って何だろう?っちゅーか、何のヒネリもないゆるキャラやなぁ・・・ 着ぐるみにもできなさそうだし・・・

白山 16:02 (153M サハ115-1006) 16:06 新潟
新潟 17:15 (Maxとき340号 E146-2) 18:54 大宮

20090405no078

20090405no079

20090405no082

帰りは「鮭はらこ弁当(980円)を賞味。新潟の定番といっても差し支えない新潟三新軒の逸品。いくら、鮭そぼろ、味付け椎茸、そして錦糸卵が綺麗に器の中で4色をなしています。

前回買った時はビッグスワンが雪で、駅弁が固まってしまって美味くもなんともなかったのを思い出しました。

(このシリーズ・了)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.04.14

ごらんアウェー:新潟2009(上)

サテライトの試合で新潟へ行った時の記録です。行きは「18きっぷ」の余りを活用。でも試合の翌日に高崎線の始発に乗らないといけないのはちと面倒でした。

川口 5:12(400C モハE232-1236) 5:29 さいたま新都心
さいたま新都心 5:36 (821M モハE231-1571) 6:55 高崎
高崎 7:10 (723M クハ115-1099) 8:13 水上

 高崎の駅弁といえば「だるま弁当」に「とりめし」、そして朝限定の「朝がゆ」といったあたりが定番でしょうが、高崎駅構内で「チャーシュー弁当(800円)」という見覚えのない駅弁を見かけたので買ってみました。もちろん高崎弁当(通称「たかべん」)製。

20090405no005

 群馬県は豚肉の一大産地で、「榛名ポーク100%使用」を売り物にしています。箱にも大きな豚の絵が。

20090405no011

 チャーシューが箱一杯に敷き詰められていますが、ビジュアル的にはかなり難があります。

 結論からいえば、出来はイマイチ。

 まだご飯の温もりが残っていて、調製してからそれほど時間が経っていないと思われるにも関わらず、ご飯がモチ状になって固まっていました。単にご飯の詰め込みすぎなのかもしれませんが、これが大きなマイナスポイント。

 チャーシューは伝統的な中華そばないし支那そばにでも入っていそうな、薄くて柔らかくて脂分のほとんどない、あっさりした味わいのもので、単体としては評価できますが、淡白すぎてモチと化したご飯のおかずとしては力不足。ちょこっと添えられている焼豚しぐれ煮のほうがおかずとして適任でした。他に舞茸のわさび和えと漬物、甘酢生姜が少々。

 チャーシュー自体は美味いので、ご飯のほうをなんとかしたいもの。薄味をつけるのが一番かなぁ・・・

20090405no013

水上 8:21 (1731M クモハ114-1518) 10:14 長岡

20090405no020

長岡 10:38 (1331M クハ115-1501) 11:53 新潟

20090405no039

 昼飯は新潟駅前の「富すし」へ。

 正午過ぎに入店した時はガラガラで不況が寿司屋を直撃しているのかと思いましたが、その後続々客がやってきました。日曜でもランチメニューをやっていたので、「すし三昧」を注文。定価1200円のところ、クーポン券利用で200円引き。寿司屋では珍しいことにカウンターに若い女性の職人がいました。

20090405no028

 どどーんと握り寿司が出てきました。あんまり高い寿司ネタがないのは一目瞭然ですが、これだけ食って1000円なら大満足。久しぶりに「回っていない寿司」を食ったという充実感にも浸れます。

20090405no034

 たまにはラーメン以外の外食も良いものですね。っちゅーか、やっぱラーメンに1000円以上出すのは間違っていると確信させられたような・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.04.09

ごらんアウェー:広島2009(7・了)~しゃもじかきめし

(ごらんアウェー:広島2009(6)から続く)

宮島口 15:14(1640M クハ115-2018)15:41 広島

広島 16:06(のぞみ40号 786-13)20:13 東京

Syamoji_hirosima01

「ひろしま駅弁」のエース「しゃもじかきめし(1050円)」。食材の性質上冬季限定販売なのが泣き所で、広島遠征のついでに「しゃもじかきめし」を賞味するのは結構難しいもの。しかし、今年は3月に広島戦が設定されたので久しぶりに「しゃもじかきめし」に対面できました。

Syamoji_hirosima02

しゃもじ型の容器。凝ってはいますが、持ち帰ってきれいに洗っても使い道がなさそう・・・

Syamoji_hirosima04

Syamoji_hirosima05

内容は錦糸卵や青海苔が載ったかきめしに、かきの煮物が4つとかきフライ、かき味噌和えがそれぞれ2つとかき尽くし。それにじゃこ煮や広島菜漬がちょこっと付いてきます。

Syamoji_hirosima06

かきフライ用に濃厚ソースが付いてきますが、かきめしとのバランスを考えれば醤油のほうがよさげかも。駅弁の宿命としてかきに水気が少ないのには目をつぶらざるを得ませんが、大ぶりのかきが何個もついた駅弁が1000円程度に収まっているのは嬉しい話ではありませんか?

(このシリーズ終了)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.04.08

ごらんアウェー:広島2009(6)~宮島(下)

(ごらんアウェー:広島2009(5)から続く)

Daiganji090301

Daiganji090302

 厳島神社の西回廊を出た先に建つ「大願寺」。寺の案内によると「室町時代末期に厳島神社の修理造営権を握り、道本・尊海・円海と傑出した住職が出て、厳島神社諸建築の建造や復旧に当たった」とのこと。職人団を率いて遠く筑前箱崎八幡宮や豊前宇佐八幡宮の修理造営に当たったらしく、寺というより一大工務店のような・・・

Tahoutou090301

厳島神社宝物館背後の高台に多宝塔が建っていました。まだ満開にはほど遠いものの、桜もちらほら。

外国人観光客に大聖院への道を聞かれましたが、ワシのカタコト英語もちゃんと通じました。これならいつ浦和の練習に呼ばれても大丈夫です(苦笑)。

Daisyouin090301

Daisyouin090302

Daisyouin090303

多宝塔から山奥に入ると「大聖院」。宮島で最古の歴史を持つ寺院で、厳島神社の別当寺として祭祀を司り、社僧を統括してきた寺院です。空海が開基したとの伝承もありますが、残念ながら明治20年の火災で大部分の堂宇を焼失。現在ある堂宇はその後再建されたもの。

Miyajima_rope090301

Miyajima_rope090302

 ロープウェーを2つ乗り継いで弥山(みせん)に登ってみました。ロープウェーの乗り場「紅葉谷駅」は厳島神社等から結構離れていて、そこまでダラダラと坂を登る羽目になるのでロープウェーに乗る前に挫折してしまうかも。

Yasen090301

ロープウェイの終点「獅子岩駅」を降りると待ち構えているのは猿軍団。鹿よりも遥かに攻撃を受ける可能性が高いので注意。手荷物は駅のロッカーに置いてゆくようとの勧めも。っちゅーか、駅で餌付けするなよぉ・・・

Yasen090302

Yasen090303

獅子岩駅からいったん降って登る格好になりますが、徒歩20分ほどで弥山本堂に到着。 弥山本堂は空海が100日間の求聞持(ぐもんじ)修法を行ったところで、阿波の大龍嶽・土佐の室戸岬とともに、真言密教の日本三大道場となっています

Yasen090304

 さらに山を登ること5分ほど。山頂近くには巨岩がゴロゴロ。

Yasen090305

 中には偶然アーチ状になった「くぐり岩」も。

Yasen090306

 ようやく「弥山展望台」に到着。 目の前に江田島が浮かんでいます。

 ここでも外国人観光客に「写真を撮ってくれ」と頼まれましたが、ワシは国際的に物を頼みやすい顔でもしとるんかのぅ(^^?

Sisiiwa090301

 30分近く歩いて山頂まで行かずとも「獅子岩駅」横の展望台からの眺望もまずまず。

 出かけてみて判ったことですが、ロープウェーの輸送力は大きいとは言いがたく、運悪く団体さんと重なってしまうと昇り降りに予想外の時間を取られる可能性が高そうです。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009.04.07

ごらんアウェー:広島2009(5)~宮島(上)

(ごらんアウェー:広島2009(4)から続く)

「あなごめし」を堪能した後は、当然ながら宮島へ。宮島には2、3回来たことがあるのですが、いずれも厳島神社に参詣しておしまいというお手軽コース。今回は半日時間を作って、やや本格的な宮島巡りを試みてみました。

Miyajima_fune090301

宮島へは広島電鉄系の「宮島松大汽船」とJR西日本の「宮島連絡船」の2本が覇を競っていますが、行きは宮島松大に乗船。でもよく考えたら行きはJRが「大鳥居に接近」のサービスを実施しているのでそっちにするべきでした(´・ω・`) ショボーン

Miyajima_fune090302

平日ですが寒くてデッキに出る人が少ないせいか、あるいは世界遺産効果なのか、2Fの客室は団体さんを含めて満席(写真は団体さんが乗船する前に撮ったもの)。

Miyajima090301

鹿を見ると条件反射的に敵意が沸いてきますが、宮島の鹿は大切にしましょう。もっとも鹿に噛まれる事故も続発しているようですが。

Miyajima090304

厳島神社への参道はお土産屋や食いもん屋だらけ。あなごめし、もみじ饅頭、お好み焼き、カキ焼、そしてしゃもじと実に賑やか。

Miyajima090302

巨大な宮島しゃもじ。けやき製で長さ7.7m、重さ2.5トン。昭和55年5月から約3年間かけて宮島細工協同組合が作成したもの。

Itsukusima090301

Itsukusima090302

Itsukusima090303

厳島神社参詣は定番中の定番。満潮をやや過ぎたくらいの時間帯でしたが、島から出る頃には潮が引いて大鳥居の周囲に人々が群がっていました。世界遺産効果は絶大で、欧米系・アジア系を問わず外国人観光客が多いですな。もちろん赤サポも(笑)

たまたま結婚式も執り行われていて、新郎新婦を筆頭に神主や巫女さん共々外国人観光客の格好の被写体になっておりました。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009.04.02

ごらんアウェー:広島2009(4)~あなごめし@宮島口

(ごらんアウェー:広島2009(3)から続く)

広島駅 8:35(広島電鉄 5001B)9:41 広電宮島口

Anago_ueno07

Anago_ueno08

 広島電鉄で宮島口へ。広島駅から宮島口まで所要時間が1時間超と、並行するJRの倍近くかかって全く実用的ではありませんが、のんびり行くのも旅の楽しみの一つ。たまたまやって来た電車はサンフレッチェのCM車両とあって回り道した甲斐があったというもの。

Hotel20090326_00

「カープ電車」はテレビニュースで取り上げられていますが、サンフレッチェはどうだったのかなぁ? (「カープ電車」の2つ上に何かありますが、気にしない方向で)

Anago_ueno06

 宮島といえばかかせないのは「あなごめし」。中でも駅弁でも有名な「うえの」は休日ともなると大行列。並ぶのが面倒でこれまでなかなか足を運ぶ機会がなかったのですが、平日を利して初往訪です。

 店に着いたのは開店(10時)10分前。もう暖簾が出ていたので中へ入ってみましたが、食事が出るのはやはり10時から。弁当を売っている証として暖簾を出しているのでしょう。奮発して「あなごめし特上(1890円)を注文。

Anago_ueno01

 店内はテーブル席のみ。

Anago_ueno02

 駅弁の掛け紙が壁に飾られています。

Anago_ueno03

 ようやく到着。小さな味噌汁と漬物がついてきました。

Anago_ueno04

 田舎で「特上」を頼むと「並」とメインディッシュの質は一緒で量だけが多いという憂き目にあうことがありますが、ここのはどうなんでしょう? 少なくともご飯が食いきれないほど多いということはありませんでしたが。

Anago_ueno05

 うえののあなごめしは、あなごにタレがほとんど掛かっておらず、非常にあっさりしています。焼く時に味付けしてそのまんま出しているのでしょう。香ばしく焼き上げたあなごの味を味わえる点では嬉しいのですが、悪く言えば堅めの焼き上がり。ふっくらしたあなごが好きな方は少々がっかりするかもしれません。またうな丼のようなどっぷり甘辛いタレをご所望な方は物足りないかもしれません。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009.03.31

ごらんアウェー:広島2009(2)~てつのくじら館

ごらんアウェー:広島2009(1)から続く)

Tetsukujira26

 今回の呉観光の目玉は「大和ミュージアム」の隣にできた「てつのくじら館」。退役した潜水艦「あきしお」を陸揚げして内部を公開しているものです。海上自衛隊のPRを兼ねているので入場無料。ビジュアル的にこの潜水艦が丸ごと資料館のようにも見えますが、資料館は潜水艦の横に別に建っていて、潜水艦はその一部を公開しているだけなのでお間違いなく。

Tetsukujira01

 資料館の半分は自衛隊の掃海活動の紹介。機雷の種類や、機雷の進化に応じた掃海活動の変容を実物とパネルでこと細かく展示しています。

 海上自衛隊黎明期の主任務は太平洋戦争でばらまかれた機雷の処理で、今でも年に数回日本近海の機雷処理に駆り出されています。こうして場数を踏んでいることから海上自衛隊の掃海能力は世界的に見ても高レベル。案内役の弁によればペルシャ湾での掃海活動でも難しいところを海上自衛隊が担当したとのこと。

Tetsukujira04

 ミサイルのようにも見えますが、これは掃海活動に使われるフロートで音響機雷を駆除する掃海具をこの下にぶら下げて使用します。

 音響機雷とは航行中の艦船が発生させるノイズに感応して爆発するもので、音響掃海具はこのノイズを機械的に発生させて誘爆させる装置です。

Tetsukujira06

こちらは機雷処分具"S-4"。掃海艇の探知機を頼りにS-4を目標に近づけ、その真上に誘導して処分用爆雷を投下し、時限装置で爆破します。ペルシャ湾でもこれが活躍しました。

Tetsukujira09_2

 資料館のもう半分は海上自衛隊の潜水艦の歴史を紹介。呉で戦前数多くの潜水艦を建造していたのは「大和ミュージアム」でも紹介されており、その伝統を継いでか、今でも呉は海上自衛隊潜水艦隊の一大根拠地になっています。

Tetsukujira14

 潜水艦内にずっと留まっていると昼夜の感覚がなくなってしまうため、日没から日の出の間には赤色灯を点灯。赤色灯の下で夜食を食べるとこんな感じっちゅーわけですが、まずそうなビジュアルですなぁ・・・・

Tetsukujira16

艦載対潜無人ヘリコプター(DASH)。ソ連潜水艦の脅威に対抗すべく1960年代に米海軍が開発したもので対潜魚雷2本を持っています。但し、損耗が激しくて米海軍は1974年までに早々と全廃。海上自衛隊は部品調達に支障を来たしてこれまた廃止に追い込まれるといういわくつきの代物です。

いよいよ「あきしお」内部へ。

Tetsukujira18

潜水艦内はとにかく狭い。下々用のベットは20系寝台を髣髴させる驚異的な狭さ。

Tetsukujira19

第1、2士官用の寝室もクッションが良くなった程度で狭いことには違いありません。

Tetsukujira20

船長室といってもこんなもん。どこの独房やねん?っちゅー感じですが、潜水艦内唯一の個室。

Tetsukujira21

Tetsukujira22

計器類が詰まった司令室。混雑時は撮影禁止になるそうですが(機密上の問題ではなく、単に人の流れが滞ってしまうからでしょう)、この日は空いていたので案内役がわざわざ赤色灯に切り替えてくれたり、撮影を手伝ってくれたり。

Tetsukujira23

 ちょっと見えづらいですが、潜望鏡が前後に2つ。倍率は固定されていますが、左右に潜望鏡を動かして呉湾内の風景を楽しむことができます。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009.03.27

ごらんアウェー:広島2009(1)~呉風お好み焼き

川口 5:32(505B モハ208-104) 6:00 東京
東京 6:16(のぞみ3号 786-709)10:05 広島

Kure_okonomi15

 早朝の新幹線で広島へ。

広島 10:28(5643M クモハ103-2502)11:00 呉

Kure_okonomi10

 広島ではブタ鼻の103系がまだまだご活躍。さすが「國鐡廣島」の異名を取るだけのことはあります。

Kure_okonomi12

 呉到着。呉には一昨年に着たばかりですが、なかなか見所が尽きません。

 中国新聞の「炎の鉄板」でお好み焼き店を検索。「炎の鉄板」は必ずしも観光客向けではなく、オバハン一人で切り盛りしている小さい店を幅広に取り上げていて、いざ往訪してみると往々にして一見客では入りにくそうな店だったりするのが難儀なところ。

Kure_okonomi09

 最初訪れた店は小さな鉄板を3人が取り囲むとそれで満席になってしまうような小さな店で断念。

Kure_okonomi08

 次に訪れた「ぐーちゃん」という店に入ってみました。ここはオバハンといってしまうのは少々失礼なくらいの女性が一人で切り盛りしていました。

Kure_okonomi07

 この店は非常に変わっていて、座敷でもないのに靴を脱いで店内に入り、鉄板ではなくテーブルでお好み焼きを食べ、しかもお好み焼きに味噌汁がついてきました。

Kure_okonomi01

 しかも焼き方で広島風と呉風が選べます。呉風というのは初耳だったので「お好みそば大・呉風(750円)」を注文。

Kure_okonomi03

 健康志向のお好み焼き屋っちゅーのもあんまりなさげ・・・

Kure_okonomi04

 「呉風」の外観の特徴は生地が半分に折られていること。真ん丸の広島風とそこが決定的に異なります。で、食べてみたところ、そば入りの広島風と比べてそばの量が多い感じがしました。

 極端にいえばお好み焼きというよりは限りなく焼きそば。焼きそばを生地で包んで半折りにした感じ。具として細いモヤシやキャベツが入ってはいますが、そこから水が出てちょっとべっちょりしているので、ふわふわ感のあるお好み焼きが好きな方にはお勧めできません。またソースの味付けが少々濃い目(これは店の個性ではなく、呉風の特色とのこと)。個人的にはこれがちょっと辛かった。基本的に焼きそばなためか、テーブルにマヨネーズは置いてありません。

Kure_okonomi05_2

 広島風に似ているようで微妙に違う呉風ですが、ボリュームたっぷりで満足の一皿でした。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009.03.24

ごらんアウェー:エコパ2009(下)

エコパ2009(上)から続く)

Ecopa09032124

 今回はメイン2Fで観戦。トラック付きのスタジアムは2Fのほうが断然見やすくて、しかも磐田主催だとゴール裏と同一料金なので割安(清水のエコパ開催ではゴール裏より若干高い)。

 ただ2万を大きく割り込んだ客入りからすれば、来年磐田は2Fを閉鎖するかもしれませんし、そもそもエコパを使わないかもしれません・・・ でもヤマハだと浦和戦には狭すぎるのも明らか。静岡からも浜松からも遠いところに5万人規模のスタジアムを作ったのがそもそもの間違いで、ホムスタ@神戸クラスが適性規模だったのでしょうけど。

Ecopa09032108

2Fの椅子はカップホルダーなし。1Fの指定席エリアと細かい差別化を図っています。

Ecopa09032105

 エコパの難儀なのは売店が少なくて、しかもメニューがしょぼいこと。

 がらがらの2Fに売店がないのは道理ですが、「売店跡地」ないし「廃売店」っちゅーのはあまりにも物悲しい・・・

 ちなみにスタジアム前の売店(「富士宮やきそば」や「浜松餃子」が人気)も数が減ったように見受けられましたが、来年は売店あるかなぁ・・・

Ecopa09032109

 東海3チームで群を抜いて人気のないマスコットもグッズ販売で活躍。浦和のニートとは違うのだよ、ニートとは!

Ecopa09032112

 運営の方がやおらやって来てダルマを設置。

Ecopa09032113

 「これで良いのか?」っちゅー感じでゴール裏を見ています。残念ながらダルマに目を入れるのは遠い先と思われる試合内容に終始。

Ecopa09032132

 エコパでは特段のセレモニーはなし。

Ecopa09032137

 全盛期の映像を流して昔を懐かしむっちゅーのが試合前のお約束だったはずですが、 選手紹介含めて割りとさらっとした感じになってしまいました。「原点回帰」の「原点」はどこなんだろう・・・

Ecopa09032141

 よく聞こえないので元歌がなんなのか、あるいはオリジナルなのか判然とせず。

Ecopa09032142

 がらがらなのに入場時にトラブルがあった模様。

愛野 16:11 (828M クハ312-2319) 18:07 沼津

 特に先を急ぐ必要はなかったのですが、つい「習慣で」愛野駅へ走ってしまい(^^; 予定より1本早い電車に乗車。JR東海は臨時列車を出さなかった代わりに828Mで極力エコパ帰りの客を拾うべく愛野で停車時間を長めにとって数分遅れで発車。電車はガラガラでやってきましたが、乗ろうとした車両には非常に運が悪いことに18きっぷ利用と思われる中高年の団体客が乗り合わせていて静岡まで座れず・・・orz

 もっとも立ち客は出ましたがブタ混みというほどでもない乗り具合からすれば、臨時列車なしというJR東海の判断は正解でしょう。チケットの売れ行きから見て臨時列車を設定しなかったのでしょうし。

沼津 18:11 (334M モハE230-1510) 20:22 東京

 沼津で待っていたのはJR東の長大車両。これなら赤サポはみんな座って帰れます。沼津での接続が良すぎて東京駅まで夕食はお預け。試合よりもこれがきつかったかなぁ?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.03.23

ごらんアウェー:エコパ2009(上)

川口 6:18 (515B モハE233-1234) 6:57 品川

Ecopa09032147

Ecopa09032146

 ちょうど春の「18きっぷ」が使えるシーズンだったので、久しぶりにエコパまで鈍行で往復。

 東海道線熱海行き741Mは品川始発。東京の大きな駅の中ではもっとも縁遠いのが品川駅で、ここに来るだけでちょっとした旅気分。

 朝食に「常盤軒」でかき揚げそば。420円とちょっと高いのですが、その分かき揚げが大きめ。コロモもでかいけどイカげそが入っていてそれなりの出来。

品川 7:19 (741M モハE231-3538) 9:02 熱海

Ecopa09032149

 品川を出たときからチラホラ見かけた赤サポ。各駅でちょろちょろ赤サポを拾って、熱海に着いたころには赤まみれだよ・・・

熱海 9:06 (1427M クハ210-5040) 10:30 静岡

 運が悪いことに沼津の先で人身事故があった模様。これで乗り継ぐ電車が3両編成だったりすると目も当てられないのですが、幸いやってきた静岡行きは8両編成。着席して静岡まで。

静岡 10:43 (757M モハ313-2541) 11:27 掛川

 本来なら興津で757Mに乗り換えるはずでしたがダイヤが乱れているのでともかく前へ進もうということで1427Mを静岡まで乗りとおしました。

 ところがこれが失敗で、静岡で乗り継ぎとなるのはやっぱり757M。ホームに人が鈴なりになっているのにやってきたのは3両編成。当然ブタ混みで出発。焼津・藤枝・島田とそれなりに乗り降りのある駅を過ぎても身動きままならずって、どんだけ18きっぷ組居んねん?

Ecopa09032144

 早めにエコパに着いても仕方ないので掛川でブタ混みの電車をいったん降りて昼食。

Ecopa09032102

Ecopa09032101

 掛川駅からほど近いところにあるラーメン屋「あじ助」へ。地方中小都市の例に漏れず、掛川の駅前って3連休の昼でも人影はまばら。そういう状況で駅前に店を出すって非常に勇気がいると思いますが、それなりに人気がある店のようで先客7。その後も家族連れを含めて5~6名やってきました。

 オバハンの勧めに応じて「あじ助麺(750円)」を注文。

 出てきたものを見ると、なんのことはないキムチ入りラーメン・・・orz これなら基本の「中華そば」で十分だったなぁ・・・ かえしの醤油が効いた背脂とんこつスープで、麺は並太柔らか目。にんにくが結構効いていました。

掛川 12:17 (949M クハ310-7) 12:22 愛野

Ecopa09032145

 ダイヤの乱れはまだまだ続いているようで、掛川12:07着のはずの761Mはやって来ず、その次の949Mで愛野へ。掛川始発なのでラクチンでしたが。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2009.03.10

ごらんアウェー:鹿島2009(下)

鹿島2009(上)から続く)

Kashima20090307_10

Kashima20090307_11

Kashima20090307_12

今年最も笑わせてもらった「炎のアントン麺」。ネタのために買っておきたかったんですが、スタジアムのどこで売っているんでしょう??? また製造元はどこなんでしょう? まさか韓国の「辛ラーメン」のラベルを変えただけだったりして・・・

Kashima20090307_17

Kashima20090307_18

Kashima20090307_19

毎年恒例の虫干し。

【帰り】

鹿島スタ18:10(臨時)19:16成田

JRが鹿島スタジアム駅から成田へ直通する臨時列車を出してくれたのはありがたいんですが、1本だけだと浦和戦では完全に輸送力不足。単線なんで出せる本数に限りがあるのか判りますが・・・

その1本の列車に乗客が集中するので、鹿島スタジアム駅は陸橋上に乗客が鈴なりになってしまって危険な状態。

乗ったら乗ったでスシ詰めのまま1時間立ちっ放しで終点成田まで。

成田 19:16(884M モハE231-97)20:01我孫子
我孫子 20:03(1944H モハE230-105)20:37日暮里

成田に到着すると真向かいに我孫子行きが待っているのはいいんですが、成田から京成に乗り換えたり、千葉方面行きに乗ったりするため跨線橋で列を成している人も相当いて、そんな人を掻き分けないと我孫子行きに乗れません。

もっとも我孫子行き自体はガラガラでしたが・・・

日暮里での接続も良く、川口には21時ちょうどに到着。

聞くところによると阪急のオフィシャルツアーよりも先に川口に着いたようで、1時間スシ詰めで立ちっ放しだったり、乗換えで冷や汗をかいたりしたとはいえ、18きっぷで安上がりだったことを考えれば悪い選択ではなかったかも。

でも鹿島臨海鉄道もJR東日本千葉支社ももうちょっとなんとかならないかなぁ・・・ 年に1回しか鉄道の輸送力が威力を発揮する場面がないのでなかなかノウハウが確立しないんでしょうが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.03.09

ごらんアウェー:鹿島2009(上)

 昨年のように鹿島でのナイトゲームだと電車では川口まで日帰りできないので川口駅着のオフィシャルツアーバスが有力なアクセス手段になります。しかしデーゲームだとオフィシャルツアーバスの割高感(6700円=川口からだと電車往復の倍以上!)は目に余りますね。

 乗換えがめんどくさかったり、往々にして座れなかったりしたとしても、電車往復はそれなりに安いし、渋滞ないし、ゆっくり出かけられるし、おまけにたまたま18きっぷが使えるしとあって今年は2年ぶりに電車往復です。18きっぷは使えるのはJRのみなので、京成利用よりは遠回りになるけど、そこはガマン。

【行き】

川口 10:38(京浜東北線)11:08秋葉原

Kashima20090307_01

異国の地に旅立つ前にまずは腹ごしらえ。鹿国は遠い。カレーライス(大) 500円也。

秋葉原 11:12(総武線緩行)11:18錦糸町
錦糸町 11:25(1024S モハE217-2056)12:30成田
成田 12:39(2535M モハ112-2086)13:34鹿島神宮
鹿島神宮13:37(158D 6011)13:41鹿島スタ

成田発の国際列車は既に先客で満員。1時間立ちっ放しで鹿国へ。

国境の長い橋梁を渡るとそこは鹿国であった。

Kashima20090307_02

Kashima20090307_03

 スタジアムには開門1時間後くらいに到着。ビジター席はまだまだ待機列が残っていましたが、バックスタンドは待機列も捌けきってしまったようで楽々入場。

 席を確保してから早速鹿国名物「もつ煮込み(500円)」を賞味。晴天ながら風が強く、日陰にいると凍えそうな日だっただけに一層もつ煮は誠に有り難い。

 いたるところで売っているもつ煮込み。「食肉組合」のもつ煮が最も美味いらしいんですが、屋台の位置が変わらないのでいつも「海岸通り」のものを食っているような・・・

Kashima20090307_05

Kashima20090307_06

 バックスタンドの「五浦ハム」には長蛇の列が出来ていたので、2階で売っていた豚串(400円)でガマン。でも予想外に美味でした。並ばなくていい分お得感ありあり。串を焼いているのは親子かなぁ?

Kashima20090307_07

Kashima20090307_08

昨年10月から設置されたLED掲示板。各種インフォメーションも出せれば広告板にもなる優れもの。でもゴール裏の看板と違って2Fの広告なんてテレビにはあんまり映らないから、ここに金をかける意味がよく判らん・・・

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009.02.24

ごらんアウェー:日立台2009

20090222kashiwa1

日立台に来たのはエメルソンのハットトリックで柏を虐殺したあの時以来。浦和戦は今年も国立開催です。

20090222kashiwa2

今回はバックスタンドで観戦。仮設スタンドの柱に衝突防止を兼ねて巻かれている広告が目新しいくらいで旧態依然。

20090222kashiwa3

久しぶりに日立台に来て最も驚いたのはアウェー側ゴール裏隅に「オーロラビジョン」が設置されたこと。最も日立製でしょうから「オーロラビジョン」とは言わないんでしょうけど。

20090222kashiwa4

で、もともとパネルで選手名を表示していたところにはダンマクが。

20090222kashiwa5

でも大きく変わったのはそれだけかなぁ・・・日立の業績を考えれば日立台が大改修されることはしばらくないだろうし。

自宅から比較的近いスタジアムだし、第三者的な目で試合を楽しむには最適なスタジアムだと思いますが、柏も固定ファンが根付いてチケットが前売りで売り切れることが少なくなく、思いついてから当日券で試合を見に来るわけには行かなくなったような・・・ もう5000人くらいキャパが大きいとちょうど良いんでしょうけど。

20090222kashiwa6

浦和と大宮ではまず考えられない光景だったりします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.12.01

ごらんアウェー:万博2008(1)

20081129_away_banpaku1

 万博競技場へは久しぶりに「万博記念公園駅」から歩いてみました。「公園東口駅」までモノレールが出来るまではこの道が万博競技場へのメインアクセスルートでした。

20081129_away_banpaku2

20081129_away_banpaku3

 休園して久しいエキスポランド脇の道を歩くと、どちらも弱かった頃の記憶が蘇って来ます。

20081129_away_banpaku4

開門時間(12:00)には待機列はこの辺まで延びていました。この辺の事情を知っているからこそ、万博記念公園駅から歩いたんですわ・・・

20081129_away_banpaku5

待機中はモノレールを見てのんびり過ごします。

20081129_away_banpaku6

開門から50分くらい経ってようやく入場。瓦斯戦で偽造チケットが出たとのことで、チケットチェックを念入りにやっていた様子でしたが、手荷物検査は非常におざなりでした。

20081129_away_banpaku7

入場して驚いたのは、緩衝帯がきれいさっぱりなくなっていたこと。まぁそのおかげでSB席を確保できたので文句をいえる筋合いではないのかもしれませんが、ACL準決勝@万博で何事も起こらなかったので一件落着ということなのでしょうか・・・ 

20081129_away_banpaku8

20081129_gamba4_2

万博のコレオっていつ見ても微妙なんだよなぁ・・・

20081129_away_banpaku9

でもスタジアム座席からサイドスタンド越しに山が見える万博って、結構それはそれで長閑で好きだったりします。屋根付きスタジアムは閉鎖空間そのものですし、屋根なしスタジアムも市街地のど真ん中にあって山なんて見えないところが少なくありませんし。

あっ、J2に落ちればスタジアムから山なんていくらでも見れるのか(´・ω・`)ショボーン

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008.11.18

ごらんアウェー:丸亀2008(2)

 先般ご報告したように、丸亀にはこの冬に行ったばかりなので、今回は遠方への遠征にも関わらず日帰り。

20081115_marugame_away1

 「のぞみ1号」で出立。岡山で新幹線から松山行き特急「しおかぜ」に乗り換え。岡山駅では顔見知りの赤サポがぞろぞろ。特急車内は文字通り呉越同舟。

20081115_marugame_away2

 瀬戸大橋は橋梁の鉄骨が邪魔でなかなか綺麗に写真が取れませんね。

20081115_marugame_away12

丸亀はかつて対岸の岡山県下津井港との間の金毘羅参り航路で賑わった街。上写真は千人講+富商塩原太助の奉納金で建立された「太助燈籠」。

20081115_marugame_away3

 丸亀駅到着。うどん屋に寄ってからシャトルバス乗り場へ。当然ながらここも呉越同舟。っちゅーか、地元らしき方は誰もバス乗っ取らん・・・さしたる渋滞はなく、15分くらいで競技場到着。

20081115_marugame_away5

20081115_marugame_away4

 競技場周辺にバスを溜める場所がないようで国道脇のバス停で降車。これじゃ一斉に帰る観客を一気に捌くなんてできるわけがありません。1万人規模の観客が集まる試合なんて年に1回試合あるかどうかですから、観客輸送のノウハウなんて確立しないままなんでしょう。

20081115_marugame_away6

 両サイドが傾斜のない芝生席なのが残念ですが、3万人収容、かつメインスタンド2階は屋根付き。

20081115_marugame_away7

 メインスタンド前にうどん屋の屋台。いかにもチェーン展開してそうな屋台だったのでスルーしましたが、ネタを仕込むにはここで食べておくのが正解だったなぁ・・・

20081115_marugame_away10

自由席入口。ホーム(浦和)側自由席は売り切れとのことでしたが、地方開催の天皇杯にはありがちなことに、スタジアムはサッカー少年団や中・高校のサッカー部員だらけ。

20081115_marugame_away11

こちらはSA(ゾーン指定席)への入口。

20081115_marugame_away8

 観客は1万強も集まりましたが、その割りに売店が貧弱。暑いくらいの天気になったのでビールが欲しいところでしたが、あまりの行列に断念。

20081115_marugame_away9

 バックスタンドはベンチシート。

 啓太のPK失敗と同時にバス乗り場へ激走!!! バスを2台見送っただけで乗車でき、しかも渋滞もなく16時すぎには丸亀駅へ戻れましたが、私がバスに乗ってから窓の外を見ると案の定長蛇の行列が・・・ どのくらいの時間で行列が捌けたのかなぁ・・・

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008.11.13

ごらんアウェー:札幌2008(3・了)

札幌2008(2)から続く)

20081108sapporo3_1

札幌やその周辺の定番っぽい観光や飲食なんてだらだら書き連ねたところで、知人以外は面白くともなんともないでしょうから、今回は簡潔に。半ば自分のための記録としてあげておきます。

20081108sapporo3_2

最後はぐだぐだになったとはいえ一応勝ちは勝ち。しかも、愛媛戦よりは内容に進歩が見られたので機嫌よくススキノへ。予約してもらった店で「カニ食べ放題」。店には次から次へと赤サポがやってきます。本来観光のオフシーズンで普段は客が少なくて従業員数を絞っているためか、オーダーに難儀したのはアレでしたが、もうしばらくカニはいいやと思う程度には堪能。

20081108sapporo3_3

翌朝は二条市場へ。本当は場外市場のほうが良いんですが、ちょっと離れていていくのが面倒なんですな・・・ ここも赤サポだらけ。っちゅーか、試合なかったら市場もスカスカやん・・・ カニを試食させてくれるんですが、観光化された二条市場のカニといえども昨日食った食べ放題のカニより遥かに美味いんですわ・・・(´・ω・`)ショボーン

20081108sapporo3_4

どの店も赤サポで満席。やむを得ず、隅っこの席が空いていた店を見つけて入店。

20081108sapporo3_5

みぞれ交じりの雨が降ったりやんだりのあいにくの天気。市内観光には不向きな日でしたが、時折晴れ間が差します。上写真は市内観光の定番「北海道庁旧本庁舎」。

20081108sapporo3_6

腹ごなしをかねて、さらに「サッポロビール園」まで歩いてみました。思ったより遠かったです(^^; どう見てもフツーはバスかタクシーを使う距離ですな。

20081108sapporo3_8

園内にある「サッポロビール博物館」は入場無料の割には非常に見ごたえがありました。

案内によると、官営醸造所は東京に出来ることが決定していたのを覆して札幌に持ってきたとのこと。札幌はビール作りの適地だったのでしょうが、ビールが売れるのは東京なので当初から販路開拓に苦労した様子。技術指向が強くて販売が弱い「サッポロビール」は開闢当時のDNAをしっかり受け継いでいるのかもしれませんなぁ・・・

20081108sapporo3_7

随分な距離を歩いた甲斐もあって、昨晩から食いまくりにも関わらずそこそこ腹が空いてきました。ビール園では定番の定番「ジンギスカン食べ放題&飲み放題」。食いすぎて、晩のラーメン屋探訪は断念(笑)

(この項・了)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.11.12

ごらんアウェー:札幌2008(2)

札幌2008(1)から続く)

 入場に時間がかかり、またラーメンを食べてからスタジアム入りしたこともあってスタジアム内の売店巡りは省略。サッポロクラシック一杯で終わり。600円しますが500mlきっちり入っているのと、ビールの注ぎ方がスタジアム売店としては非常に上手いのに感心。

20081108sapporo2_1

20081108sapporo2_2

 今回はメインスタンドでの観戦だったので、コンサドールズのパフォーマンスもじっくり堪能。マスコット「ドーレ君」は鈍重に見えますが、きっちり踊りをこなします。

20081108sapporo2_3

 バックスタンド側で踊っているのはコンサドールズのユース?

20081108sapporo2_4

 っちゅーか、ボールボーイまで踊るかよ、フツーwww

20081108sapporo2_5

onちゃんの巨大吊り広告は健在。

20081108sapporo2_6

一方、「あなぶきんちゃん」のほうは見覚えがないなぁと思って、02年の写真を探したところ、

20081108sapporo2_7

02年はauでした。

20081108sapporo2_8

ビジター席の真上はJR北海道。

スタジアム内に生ビールのタンクを背負った売り子がウロウロしているのと、微妙な間合いがあるスタジアムDJのノリがなんとなく野球場っぽい、札幌ドームでした。

(続く)

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2008.11.11

ごらんアウェー:札幌2008

「狼スープ」から豊水すすきの駅まで歩いて、東豊線で札幌ドームへ。

20081108sapporo1_1

 02年以来実に6年ぶり3回目の札幌ドーム。

 ビジター側の入り口が福住駅の反対側にあるため、前回来た時も随分遠回りさせられた記憶がちょっぴり残っていましたが、今回の札幌の措置は尋常なものではありませんでした。

20081108sapporo1_2

20081108sapporo1_3

 福住駅からスタジアムまでの動線をホーム/ビジターで完全分離。ドームはおろか、それに付随するサブグラウンドまで延々と迂回させられるのには参りました。まぁそうはいってもここまでは許容範囲でしょうが、ビジター側の入り口を券種を問わず一箇所に制限。これに無理があってビジター側の行列は一向に解消されず、12時半になってもなおサブグランド内で短冊状の待機列に並ばされる始末。

20081108sapporo1_4

20081108sapporo1_5

 30分くらい経って急に行列が流れ始めたのを不審に思っていたのですが、何のことはない手荷物検査を事実上やめちゃったんですな。チケットチェック → 手荷物検査 → もぎり → SA席へは再度チケットチェックという流れだったんだけどね・・・  壮大な警備計画はスタジアム内の混乱を防止した点では成功と評価されるんでしょうけど、残念ながら実質的には破綻していたような・・・竜頭蛇尾というか、頭隠して尻隠さずというか・・・

 残念ながらこの失敗を教訓に、警備計画を見直す機会は当面訪れないでしょうなぁ・・・

20081108sapporo1_6

 早朝の除雪ついでに作ったと思われる雪だるまが全く溶けずにそのまんま残ってる・・・

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008.10.29

ごらんアウェー:新潟2008(下)

新潟2008(上)から続く)

20081026away_niigata2_1

シャトルバス降り場に近い東ゲート近くの「みかづき」には大行列が出来ていましたが、ビジター席に近い「みかづき」はガラガラ。これも何度か食ったので今回はパス。

20081026away_niigata2_2

 試合開始前にはなんと戦術解説。今回は4-4-2フォーメーションにおけるSBの役割を解説していました。ゲルトもよく見ておけっちゅーねん! (っちゅーか、サッカーTV番組ならともかく、スタジアムでこの手の解説をやる意味がよく判らん・・・ まぁ好意的に見れば浦和とは違ってサッカー文化が無きに等しかった地域ゆえの苦労なんでしょうが・・・)

20081026away_niigata2_3

 唐突にこの男が現れて映画の宣伝。しかもよせば良いのに「巨人優勝」を連呼したものだから、ただですらこうしたサッカーとは無関係な出し物が嫌いな浦和側からは当然大ブーイング(結局この日で一番でかいブーイングを浴びたのがこの男・・・ 新潟側は拍手していたようでしたが?)。さすがのこの男も場違いであることが判ったようで、「大人の事情でこの場で映画の宣伝をやることになりました」云々と言い訳しながら去ってゆきました。

 この男の「巨人優勝」発言が火に油を注いだ感は否めませんが、むしろこの男を呼んだ奴が悪い。新潟は観客漸減中でこの手のイベントを思いついたのかもしれませんが、どう見ても悪いほうに転んでいるような・・・まぁ新潟側の反応は悪くなかったようでしたが、一過性のイベントに抜本的に集客を好転させる効果がないのは過去数多のクラブが思い知っているはずですがね・・・

20081026away_niigata2_4

ハーフタイムには赤サポに元気がないのを見てとったのか、チアガールが珍しくビジター側にもやってきます。今の赤サポは酔っ払ってチアガールに絡む勢いがないからなぁ・・・

20081026away_niigata2_5

続いてマスコットも。マスコットは子供が3羽増えていましたが、一羽は醜いアヒルの子www っちゅーか、他の白い二羽はアヒルの子で親とは無関係やんwww 新潟のマスコットは構造上どうしても歩いているとうなだれ気味になってしまうのが難。

20081026away_niigata2_6

20081026away_niigata2_7_2

帰りの新幹線車中では、「ぶりいくら弁当」(新潟三新軒 1,050円)を賞味。新潟の駅弁では鮭の焼漬が有名ですが、ぶりもあるんですね。いくらとのセットだと「他人丼」な関係になりますが、いくらが思いの他たっぷり入っていて楽しめました。いくらが下方に偏っていますが、これは運搬中にずれてしまったものなのか、あるいは小袋に入っている刻み海苔をかけるためのスペースを予め空けてあったものなのかは不明。ぶり焼漬はもちろん、ちょこっと添えてある昆布巻が酒のアテとして気に入りましたが、もともと酒のアテとして駅弁を買うならご飯がしっかり詰まったものではなく、おかずの種類が多いものを選ぶべきでしたね(^^;

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.10.28