アレクサンダー ショルツ選手、チーム離脱 ~ 神は死んだ
先日(6/28)、アレクサンダー ショルツ選手が海外クラブへの移籍を前提とした手続きと準備のためチームを離脱する旨が公表されました。
ショルツの移籍話は6/23に表面化したもの。その時点ではスポニチは「カタールへの移籍が決定的」、報知は「中東クラブから獲得の打診を受けている」とニュアンスにかなり差があって確度は低かったのですが。6/25になると報知も「カタール1部アルワクラへの移籍が有力となった」と表現を一歩進めて今日に至っています。なおアルワクラは全く聞き覚えがないクラブですが、昨年12月からスペイン出身のゴンザレス監督が指揮し、23―24年はリーグ14チーム中4位とのこと。
ショルツは今季は故障離脱期間があり、かつヘグモのスタイルとはあまり相性が良く無さげとはいえ、レギュラーから外れつつあった酒井や岩尾と違って今なおバリバリのレギュラーであり、チームの中核中の中核でした。従ってショルツがシーズン半ばで突然チームを去ることによるチームへの衝撃は計り知れません。
堀之内SDによる離脱経緯説明に、酒井や岩尾と違って「強く慰留に努めました」とあるのがチームにとって想定外の離脱だった何よりの証拠。「浦和レッズというクラブが現在持ち得ている全ての力をもってしても阻止することはできませんでした。」とあるのは金銭面で中東勢に全く太刀打ちできなかったことを遠回しに表現したものと思われます。さらに言えば今季のACL出場はなく、来季も怪しく、今季のリーグ優勝もかなり難しいという残念な浦和の立ち位置まで加味しているかもしれません。
「契約期間中の移籍に際しては移籍金が発生しますが、その設定金額は選手自身の価値であると同時に、選手によるクラブへの評価を表すものでもあります。」とある部分はちょっと意味を図りかねますが、ショルツはミッティラン(デンマーク1部)の主力中の主力で、デンマークMVPに選ばれるほどのスター選手だったにも関わらず、移籍金は375万デンマーク・クローネ(当時の評価で約6700万円)となぜか激安でした。従って浦和も何らかの理由で移籍金をさほど高く設定しておらず、その金額をポンと満額アルワクラに払われてしまったのかもしれません。
堀之内SDがショルツのシーズン中の電撃移籍を受けて、「浦和レッズは、今回のような移籍を回避できるクラブ、即ち経済力やブランド力等で世界と伍して闘うことのできるクラブになっていかなければならないという思いを改めて強く抱いております。」という形で深く反省。もはやJリーグという小さな世界でどんぐりの背比べとしている場合ではなく、グローバルな競争に巻き込まれてしまった以上、Jリーグでは頭二つくらい抜けた存在でないと話になりません。
ショルツは2021年5月にデンマーク1部のFCミッティランから完全移籍で浦和レッズに加入。当時の浦和はグロインペイン症候群に苦しむデンが未だリーグ戦でスタメン起用できる目途が立たないこともあって、槙野&岩波を酷使しながら過密日程をこなさざるを得ず、とにかくCBの頭数不足に悩んでいましたからショルツの獲得は誠に理にかなっていました。
移籍ウインドウオープン&東京五輪開催に伴うリーグ戦中断の関係でショルツの浦和デビューは8月14日のホーム鳥栖戦での終盤の顔見世から。そしてそれから丸三年ショルツはほぼ休みなく浦和のために誠心誠意働いてくれました。JリーグならCBとして図抜けた能力を持っていて空中戦も地上戦も無敵。しかもプレーがクリーンでボール奪取で無駄なファウルを犯さない。フィード能力もそこそこあって、前が開いていれば自分で持ち運べる。そして常時PKキッカーを任されるくらいメンタルが強く、キャプテンシーも抜群な漢でした。強いて言えばスピードがないのが弱点なくらいでしょうか。
ショルツが特筆すべきなのはサッカー選手としての能力もさることながら「異文化へのチャレンジ精神」に満ち溢れていたこと。納豆を食べ、日本の小説を読み、過密日程の合間を縫って富士山へ登り、日本語もみるみるうちに上達。人としても非の打ち所がなく、「神」として崇め奉られたのも無理もありません。「モーゼ攻撃」が相手どころか味方にも驚きを与えただけで最後まで有効打にならなかったのは気の毒でしたが、神の考えることなんて凡百のプレーヤーには理解するのが無理だったのかも(苦笑)。
だがその神が「ずっといると思った」浦和を去る日が来てしまいました。堀之内SDの説明に「本人の異文化へのチャレンジ欲求」とあって、3年もの日本での生活、浦和での生活に飽きてしまったのかもしれません。そして残念ながら今季の唯一の目標だったリーグ優勝が風前の灯となったのが浦和でのキャリアにピリオドを打つ契機になったのかもしれません。
3度目のACL優勝はスコルジャが「とにかく失点しないチーム」を作ったところから。そしてそのチーム作りにはショルツが必要不可欠すぎる絶対的存在でした。最後は全部日本語で挨拶して浦和を去るショルツ。誠に3年間ありがとうございました。
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